フェスティバル

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シラユキの目の前で、二人の攻防は続いた。 「マドレ。あんたもそのままあいつの後を追って地獄に堕ちるのか?」 「そうね。きっと。私も地獄に堕ちるわね」 ああそうかよ。いっしょに地獄に堕ちるのかよ。そのためだったのかよ。 神山の表情が苦しそうにゆがんだ。 「おまえは、地獄のほうが、幸せなんだな」 「なぜ? どうしてそう思うの?」 マドレはベッドから体を起こした。血の色が全く感じられない白い顔が、つややかな黒い髪に縁どられて幻のように浮かんでいる。 「幸せそうだからだよ。すごく」 シラユキからは、お兄ちゃんの横顔が見える。その横顔がすごい笑い方をした。マドレと同じくらい白くなった顔が、肩を震わせながら笑っている。笑っているのに怖い顔、こんな顔があるのかと、シラユキは思う。こんな顔をお兄ちゃんがするなんて、信じられない。 怖い。もう何も見たくない。 「俺は、ずっとお前たちのために生きてきた。必死に言葉を覚えて、学校で勉強をして、データを盗んで、人を殺す指示を出して、俺を信じてくれた人を裏切ってきた。だからこれが何のためだったのか、知りたいね 」 「復讐よ」 「それは嘘だ。本当のことを言えよ。俺には、知る権利がある」 マドレはじっと神山を見つめた。唇は閉じているが、かすかに震えている。今から発せられる言葉が、恐ろしいものであるかのように、唇はためらっている。 マドレは目を閉じた。唇が、開いた。 「言わないで」 シラユキは、撃った。ずっと握りしめて、感覚を失って、それを握っていることすら忘れていた銃を、二人に向けて撃った。撃ち始めたらとめどがなかった。撃って、撃って、カチカチと何の手ごたえがなくなってもまだ、シラユキは引き金を引き続けた。 「言わないで。本当の事なんて、言わないで」 今まで言わなかったじゃないか。私が一体何をしてきたのか。飛んだ人がどうなったのか。だったら何も言わないで。 悲しい言葉は言わないで。悲しい言葉は聞かないで お兄ちゃんがマドレを壊すのも、マドレがお兄ちゃんを壊すのも、見たくない。それなら私が壊したほうがいい。  シラユキは、泣いていた。床にしゃがみ込み、声をあげて泣いていた。誰も聞く者がいない部屋の中で、大声で泣いていた。
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