フェスティバル

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シラユキが泣いている。神山は薄れていく意識の中で、シラユキの慟哭を聞いていた。 シラユキは泣かない子だった。あの虐殺の夜も、地獄のようなコンテナ船の中も、シラユキは赤ん坊だったのに泣かなかった。奇跡みたいな子だとみんな言っていた。 そうじゃなかった。 シラユキは、ちゃんと泣くし、怒る。 きっと俺やマドレが、泣かさないように先回りしていたんだ。俺たち以外に誰にも知られていないシラユキを、不憫に思っていたから、泣かさないように、怖い思いをしないように、いつも気を付けていた。それが裏目に出たんだな。 シラユキはとっくに赤ん坊じゃなかったのに。自分の思うままに泣いたり怒ったりするべきだったのに。これは当然の報いだ。俺はいったいどこで間違ってしまったんだろう。  ああ、今までの人生を振り返るには血液が足りない。小さな記憶や感情がわき上がってはシャボン玉がはじけるみたいに消えてしまう。 もう長くない。 シラユキがあんなに泣いているのに。俺は死んでしまう。その前に、何かしてやれることはないだろうか。涙を止められなくても、拭ってやるくらいはできるんじゃないか。神山は体を起こして、何とか壁に寄り掛かった。 「シラユキ・・シラユキ」 泣き疲れてしゃくりあげていたシラユキは、自分を呼ぶ声を聞いた。 「お兄ちゃん」 シラユキは神山に飛びついてまた泣きはじめた。神山はシラユキのほほに触れようとして、自分の手のひらが血で汚れていることに気が付いて、肩に手を回した。 「シラユキ、俺たち、噓ばっかりついてたね」 シラユキは首を振る。 「本当のことを、何も教えなかったね」 シラユキはまた首を振る。 「でも、これだけは信じて。コンテナ船に積まれたとき、みんなでシラユキの事を抱っこして、みんなでミルクをあげて、みんなで守ってここまで来たんだよ。シラユキが好きだから。これだけは、本当だから。信じて」 シラユキはうなずいた。 「シラユキ、今まで、うれしいこととか、楽しいこととか、あった?」 シラユキはうなずいた。 「よかった。俺も、あったよ」 神山はそれっきりしゃべらなくなった。シラユキは、神山の胸がだんだん冷えていくのをじっと感じていた。
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