フェスティバル

15/17
前へ
/189ページ
次へ
 シラユキは、乱れていたお兄ちゃんの髪を直した。眠っているみたいだと思った。離れて暮らすようになってからも、時々お兄ちゃんはマドレやシラユキの元を訪れた。たくさん遊んでほしかったのに、お兄ちゃんは眠ってしまっていることが多かった。マドレは言った。 「疲れているのよ。外の世界で」 そう言って、マドレはお兄ちゃんの髪をなでた。ほほをなでた。シラユキが知るうちで一番優しくて悲しいマドレの顔だった。お兄ちゃんは、たぶん、知らない。 でも、お兄ちゃんが求めていたのは、それじゃなかったんだよね。 シラユキはマドレを見た。シーツは血に染まっていたから、掛け布団を探してかけた。コンベンションセンターのマドレはきれいだった。あの男とマドレが何を話していたのかはシラユキにはわからなかったけど、マドレは本当にきれいだった。 あれを、お兄ちゃんは見てしまったんだね 『マドレは、あの男に会いたくて、あんなことをしたの?』 答えはない。私がマドレを殺したから。その答えをお兄ちゃんが聞くこともない。私が殺したから。シラユキは空になった銃のシリンダーに銃弾を一発装填し、自分の部屋に戻った。そこは警察の捜索が入った後だったから、嵐の後のようにかき回されていた。 鏡に自分が映っている。血に汚れている。衣類は幸いなことに残されていたから、シラユキは顔と手を洗うと、新しいシャツに着替えた。髪を整えて、もう一度自分の姿を確認した後、シラユキは部屋を出た。   モニターの部屋も雑然としていたが、パネルははがされていなかった。電源を入れると、映像が次々に映し出された。  そこに映っているのは見慣れたいつもの場所。しかし、どこもかしこも見知らぬ人が踏み荒らし、かき回した爪痕に覆われている。  静まり返った部屋で、シラユキは初めて重尾を見つけた日を思い出している。あの日も静かだった。誰も動いていない建物の中で私はあの人を見つけたのだ。短髪の下で強い光を放っているまなざしと、引き締まった唇と、よく伸びた背筋が美しかった。あの眼差しの前に現れたいと、強く願ってしまった。 シゲに会いたい。もう一度、見つめられたい。あの笑顔を見たい。 駐車場。店先。裏口。花屋の中。誰もいない。 やっぱり、私はひとりなんだ。私が、すべてを終わらせてしまったんだ。 パネルの一枚が、瞬いた。何かが動いている。 バックヤード。 シゲ。 うずたかく積もったたくさんの花の前で、重がひざまずいている。 シゲ。   こっちを見て。私を見て。 見た。 シゲの黒い瞳が、まっすぐに私を見た。 シゲの人差し指が、上をさした。 屋上。 覚えていてくれたんだね。  
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加