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屋上の古い温室の陰に、シラユキは身を潜めていた。ドアが開く音がした。シゲだ。
「狭いビルだけど、結構入り組んでたなあ。迷っちゃったよ」
明るい声
「いるんだよね。顔、見せてよ」
シラユキは温室の陰から飛び出すと、重尾に銃を向けた。
「近づかないで」
重尾は手を上げた。
「この姿勢、間抜けじゃない?手、おろしていい?」
シラユキはうなずいた。
「何しに来たの」「会いたかったから。生きててよかった」
その言葉にシラユキは膝から崩れそうになった。自分を心配してくれる人がいる。
「生きてるよ。シゲは大丈夫?」
「俺? 俺はこの通り。超元気だよ」
折れた肋骨から激痛が発生していたが、重尾は笑みを作った。
よかった。
シラユキも少し笑った。いい笑顔だ、と重尾は思う。思わず一歩近づくと、またシラユキは銃を構えた。重尾は仕方なくまた手を上げた。
「ほかに用はあるの?」
「え?」
「まだ何か用があるの?」
「うん。ある。話が、したいな」
「話? 今まで何人殺したのかとか、あそこで何をしていたのかとか?」
「そういう話は今じゃなくていい。」
「じゃあ、何を話すの?」
「好きな食べ物は何?」
「は?」
「そういうことを何も聞いてなかったから。君が何を好きかなんて、全然知らない」
「・・・この前食べたアイスクリームはおいしかったよ」
「また行こうよ」
「また? 何言ってるの?」
「行こうよ。デートしよう」
「デート! 私とキスした男は、みんな死んだよ」
「大丈夫。俺は死なない」
「ほんとに?」
「うん。約束する。俺は、絶対死なない」
「よかった」
シラユキは笑った。この上ない笑顔だった。そして、銃口を下に向け、自分の太腿を撃った。
「どうして!」
倒れたシラユキに駆け寄って、重尾は抱き起した。太腿からはとめどなく血があふれて、動脈が傷ついていることは明らかだった。
「なんでこんなことを!」
「たくさん殺したから。みんな死んだから。私も死ぬべきだと思った。でもその前に、シゲの顔をそばで見たかった」
「そんなのいくらでも見れるだろ」
「でも私が無傷だったら、シゲは私に手錠をかけるんでしょ。警察官だから。それだけは、いや」
なぜこんなことに。愛する人が腕の中にいて、それが死んでいこうとしていて、自分にできることはなにもない。
「シゲ。キスして」
「え」
「シゲは、絶対死なないんでしょ。だったらキスして。好きな人と、キスするんでしょ」
重尾は、シラユキのほほに自分のほほを押し付けて、それからキスをした。温かい唇が冷えることがないように、強く抱きしめながら。
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