重尾

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「お前に見てほしいものだがあるんだ」 そう言うと、高橋さんはタブレットで動画を再生した。街角の映像だ。たくさんの人が歩道を歩いている。駅か、大きなバスターミナルの映像だろうか。あるいは大きな商業施設の周辺?スーツ姿の人が多いから、通勤時のどこかの風景なのかもしれない。 「なんですか、これ」 「まあ見てろ、この辺り、この男」 高橋さんは、一人の男を指さした。四十歳くらい、中肉中背、無表情だが、目に力があり背筋が伸びている。仕事ができそうな風貌だ。 「この女にも注目だ」 若い女が現れた。白いシャツと黒髪。ほっそりとした手足からして十代だろうか。後頭部と右あごの一部しか、カメラでは確認できない。その女が、すっと男に顔を近づける。 「え?」 相変わらず女の後頭部しか見えないが、たぶん、キスをした。 そのまま女はカメラから見切れていく。男は茫然とした顔でふらふらしている。その横を通行人が何人か通り過ぎていくが、男の変調に気づいたものはいない。やがて男は表情を取り戻し、カメラのフレームから外れていった。 「なんですか、これ」 「中年の男がすれ違いざまに若い女の子からキスされた映像だ」 「それは、うれしいシチュエーションですね」 「どうかな。この男はこのあと亡くなってる」
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