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5 ☆ ☆
「ああーー!」
重尾は頭を抱えて、ソファの前のローテーブルに突っ伏した。
「どうしたどうした」
「仕事が辛いです。好きにしたいです。自由に飛び立ちたいです。解放されたいです」
「何、何。そんな重要な事件なの?」
「いや。もう大丈夫です。すっきりしました」
重尾は顔をあげて、残りのコーヒーを飲みほした。そのまま応接室を見回して、あらためて気づいたことがあった。
「中田さん、花、飾るのやめたんですね」
「え?」
「ほら、俺が花屋でバイトしてた頃はあんなに買ってくれてたのに、ここの部屋に、花があるのを見たことがないから。あっちの温室も、花がつくものは植えてないです。」
「ああ・・・。」
中田は、本棚の方を振り返った。本棚には、乾燥した植物片が入ったガラス瓶や、顕微鏡、いくつかの専門書が並んでいる。
「ここにあるのは装飾用のものなんだけど、時々花の成分分析を頼まれることもあるんだ。ほら、ハーブ湯とか流行ってるでしょ」
本棚から一冊取り出したのは「溶媒抽出化学」と題された専門書だった。
「うわあ・・・また難しそうな・・・」
「でしょ。やっぱり仕事になると、気楽に楽しめなくなるんだ」
「あ、分かります・・・中田さんも、ちゃんと仕事してるんですね」
「失礼だな。これでも所長だよ」
「そうでした。世捨て人じゃなかったんですね」
「当たり前だろ」
花、か。
重尾は「ニエベス」の店先でシラユキと交わしたやり取りを思い出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『その花、毒があるんですよ』
『ええ!嘘ですよね』
『いえ、本当です。毒っていうか、夢を見るっていうか・・・あ、でも見てるだけなら大丈夫です。口に入れるといろいろ・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・
シラユキはそう言っていた。花屋でバイトしていた重尾でも、見たことのない花だった。
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