シラユキ

1/1

38人が本棚に入れています
本棚に追加
/189ページ

シラユキ

 改札前の柱に、シラユキはもたれかかっている。音楽でも聴きながら、待ち合わせをしているような装いだ。 しかしイヤフォンから聞こえてくるのは流行りの音楽ではない。 「そろそろ来る。準備して」 お兄ちゃんからの指示がイヤフォンに入った。 「分かった」 シラユキは、リップクリームを塗りなおすようなふりをして、スノウ・ホワイトのクリームを口中に継ぎ足した。リュウセイも今、別な柱の陰で同じことをしているはずだ。 口の中に、先ほどリュウセイと混ざり合って吸収されたクリームの成分が呼び戻されてくる。 さっきのキスの香りが戻ってくる。 目を閉じて、ターゲットの顔を頭の中で再現する。 お兄ちゃんの指示通りに体を動かせば、間違うことはない。 「カフェの前を通り過ぎた。三つ数えたら動いて」 「了解」 1、2、3。 ちゃんと三つ数えてから、シラユキはカフェの方向に歩き出す。ターゲットがいた。痩せて、背の高い、初老の男。 「今。三歩歩いてから」 シラユキはターゲットに寄り添って三歩歩き、キスをした。 キス、と言うよりは口の中の成分を、男に押し込む。後は振り返りもせずにその場を離れればいい。 イヤフォンからの指示通りに、防犯カメラの視野を人込みを使って避けながら、駅の外に出た。 「オッケー。よくできたね」 「うん」 最近お兄ちゃんとは声だけのやり取りだな、とシラユキが思ったとき、 「あさって休みが取れたから、久しぶりにドライブでも行くか」 とお兄ちゃんが言ってくれた。 「ごほうび?」 「そう」 シラユキは、思わず笑顔を浮かべて、慌てて表情を引き締めた。さりげなく、風景に溶け込んで、迎えのバンに乗り込むまでが、仕事だから。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加