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シラユキ
改札前の柱に、シラユキはもたれかかっている。音楽でも聴きながら、待ち合わせをしているような装いだ。
しかしイヤフォンから聞こえてくるのは流行りの音楽ではない。
「そろそろ来る。準備して」
お兄ちゃんからの指示がイヤフォンに入った。
「分かった」
シラユキは、リップクリームを塗りなおすようなふりをして、スノウ・ホワイトのクリームを口中に継ぎ足した。リュウセイも今、別な柱の陰で同じことをしているはずだ。
口の中に、先ほどリュウセイと混ざり合って吸収されたクリームの成分が呼び戻されてくる。
さっきのキスの香りが戻ってくる。
目を閉じて、ターゲットの顔を頭の中で再現する。
お兄ちゃんの指示通りに体を動かせば、間違うことはない。
「カフェの前を通り過ぎた。三つ数えたら動いて」
「了解」
1、2、3。
ちゃんと三つ数えてから、シラユキはカフェの方向に歩き出す。ターゲットがいた。痩せて、背の高い、初老の男。
「今。三歩歩いてから」
シラユキはターゲットに寄り添って三歩歩き、キスをした。
キス、と言うよりは口の中の成分を、男に押し込む。後は振り返りもせずにその場を離れればいい。
イヤフォンからの指示通りに、防犯カメラの視野を人込みを使って避けながら、駅の外に出た。
「オッケー。よくできたね」
「うん」
最近お兄ちゃんとは声だけのやり取りだな、とシラユキが思ったとき、
「あさって休みが取れたから、久しぶりにドライブでも行くか」
とお兄ちゃんが言ってくれた。
「ごほうび?」
「そう」
シラユキは、思わず笑顔を浮かべて、慌てて表情を引き締めた。さりげなく、風景に溶け込んで、迎えのバンに乗り込むまでが、仕事だから。
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