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桐島
1 ☆ ☆
「桐島先生。昨日はありがとうございました」
生徒会長の岩崎里奈だ。ああそうだったな。昨日校門の前で雑誌の取材記者みたいなやつに絡まれていた。
「おう、大丈夫だったか」
「はい。他の先生も来てくれたんで、あいつ、すぐに逃げていきました」
「気をつけろよ」
「はい」
岩崎里奈はぺこりとお辞儀をして教室にかけていった。わざわざ実習室までお礼を言いに来てくれたのだ。気持ちの優しい、いい子だ。あんな子に嫌な思いをさせるやつの気が知れない。
なんで生徒に話を聞こうとするんだ。ちゃんと事務室通して正々堂々と話を聞きに来い。そうしたら、俺も話してやるかもしれんよ。
俺が山田サラにかけた最後の言葉を。
ふう。
と、ため息が出た。
日に焼けた精悍な顔つきに、深い影が差している。顔の肉がすっかり落ちて、頬骨が目立ってしまっているせいだ。ここ一か月ですっかり痩せてしまった。農業実習の時に着用する実習服に着替えるときに、ベルトがぶかぶかになってしまっていることに愕然とした。
このままではいけない、と思う日もあれば、受け入れるべき罪なのかもしれないと思う日もある。おまえに非はないと、誰もが言ってくれる。でも、それでは気持ちが済まない。
山田サラ。湯府総合高校 環境グリーン科2年1組38番。
学校が統合されたのを機に農業科から洒落た名前に変わったが、授業でやることは基本的に変わらない。農業の座学と実習だ。
桐島は実習教師と呼ばれる仕事をしている。座学は受け持たず、実習を専門に生徒に技術指導をしている。
やっていることは昔と変わらないが、生徒の気質は変わってしまった。以前は隣町の工業高校にけんかをしに行く元気のいい男子が多かった。
今は草花に癒しを求める女の子が増えた。花の栽培よりも、ブーケのアレンジに興味がある女の子。山田サラも、花の栽培には興味のない子だった。
花だけじゃなかったな。同級生にも興味がなかった。教師の都合に一切構わずまとわりついてくる女子生徒。無下にすることもできず、時には真摯に、時には適当に流しながら、付き合っていかなければならない。
山田サラはそんな女子生徒だった。
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