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シラユキは、まだ、モニターにくぎ付けになっている。吸い寄せられてるみたいだ。この人、誰なんだろう。
モニターに映る彼の横顔はぎゅっと引き締まった唇をしている。黒い瞳が店の奥を泳ぐように見ている。人を探しているのだ。唇が動く。カメラは音を拾わないから、唇の動きだけが見える。店員を呼んだのだ。
今、すべてのモニターの中で動いているのは彼だけだ。リュウセイは死んだように眠っているし、マドレのドアは開かない。色とりどりの花たちもじっとしている。生きているのは彼だけみたいだ。もう少し、このままでいられるんだろうか。
その時、彼がシラユキを見た。
モニターの中の彼が、まっすぐシラユキを見ている。まるで目の前に立っているかのように。
どうして?
客に分からないようにカメラを設置しているのに。つるしたドライフラワーの中に埋もれさせているのに。
気のせいだ。たまたまだ。シラユキはそう言い聞かせた。
でも彼は、そんなシラユキをめがけてニコッと笑いかけた。
もう、無理だった。
シラユキは階段を駆け下りた。バックヤードのハンガーにかけていたエプロンをつけて、店に出た。
接客なんていつ以来? 手が震えている。
「いらっしゃいませ」
声も震えている。自分がどんな表情を浮かべているか分からない。
「ああよかった。誰もいないかと思った」
彼が笑った。こぼれるような笑顔だった。シラユキは生まれて初めて人が笑う顔を見たような気持になった。この世界に、こんな笑顔があるなんて。たった一秒でも目を離すことができない。
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