桐島

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口々に叫ぶ声が聞こえるけど、桐島はただ立ち尽くしていた。自分の体がマネキンになったみたいだった。 目を閉じることもできず、じっと山田サラだった人体を見つめていた。 駆けつけた教師たちが桐島をその場から引きずり出してくれた。正気に戻ったときは彼女が飛び降りた姿を目撃した渡り廊下に座り込んでいた。 現場には、警察と、生徒と、若干の野次馬が入り込んでいた。 焼き付くような光景。空は青いはずなのに、真っ赤に染まって見えていた。今でも時々、空が赤く見える。 そしてその赤い空と一緒に思い出されるのはあの男だ。やじ馬から少し離れたところに立っていた背の高い、きれいな横顔をした男。 きれいな男だ。 しかし、ではどんな風に奇麗なのかと言われると表現に困る。AIできれいな男のデータを集めて顔立ちを作るとこんなふうになるのではないか。特徴を削ぎ落した、きれいな顔。 きれいだから、それ以外の印象を残さない。どこにでも溶け込んでしまう。男は、遠巻きに様子を眺めてから、すっと立ち去った。 桐島の心が血だまりの恐怖ですくんでいなければ、全力で追いかけただろう。 俺はあの男を見たことがある。 あの男は、山田サラにキスしていた。
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