桐島

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俺は、用具を片付ける段取りを頭の中で付けていた。農薬の扱いは注意を要する。収納する棚を間違ったり、鍵をかけ忘れたりしたら大事故につながる。 山田サラの顔すら見ていなかった。おかしいと気づいたのは、サラが静かになったからだ。 「山田?」 返事がない。足も止まっている。 「山田?山田?どうした?」 俺の呼びかけに一切答えない山田サラの目は、大きく見開かれていた。俺の事を全く見ていない。何も見ていない。黒い空洞のような目があった。 「おい。大丈夫か。山田」 山田サラは俺の呼びかけに答えることもなく、くるりと背を向けて、歩き始めた。すっと背筋を伸ばして、目に見えない大きな糸にひかれているかのように迷いなく、自分の教室に向かって、歩いて行った。 大丈夫か?  と追いかければよかった。 でも、俺は用具をたくさん載せたキャスターを押していた。農薬は間違いなく薬品庫に納めてカギをかけなければならない。気になったけど、俺はそのまま農業実習棟に向かった。 きっといつもの奇行だろうと思った。笑うべきでないところで笑ったり、わざと転んでみたりするのは日常茶飯事だったから。 その後悔を、一生忘れることはないだろう。 なぜ見逃したんだ。山田サラは、あの男からキスされていた時と同じ顔をしていたじゃないか。 俺はなぜあれを見逃したんだ。 あの二人は、ホレさんの農園でキスをしていた。
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