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9 ☆ ☆
俺はホレさん農場の事務室に回って、事務作業をしていたホレさんに声をかけた。
「ホレさん。」
「ああ、先生。お疲れ様。女の子とたちも働き始めたよ」
ホレさんの言葉は、少しだけ語尾にイントネーションのちがいがある。ホレさんの故郷の島国はネイティブアメリカンが主な住人だったから、顔だちも日本人とさほど変わらない。名まえを聞かなければ、異国出身の人だとは思わないだろう。
それだけに、ほんの少しの違和感が、ふっとわれに返るような気持にさせられるときがある。
近づきがたい何かを感じさせる。
桐島は、少し言いよどんだ。
「あの、ホレさん。今日ここにはホレさんと濱井さん以外に働いてる人、います?」
「いや? 今日は濱井君が手伝ってくれてるだけよ。どうして?」
「あ、いや・・・」
「何かあった?」
何かあった・・・何があったんだろう。桐島は自分が目にしたものの現実味を失っていた。俺は白昼夢を見ていたんじゃないか。
「いえ・・・あの、僕これからほかの巡回場所に行きますんでよろしくお願いします」
「大丈夫よ。濱井君もいてくれるし」
「助かります」
桐島はそう言って、次の巡回場所に移動したのだった。二人がキスしていた光景は、明け方に見た夢のようにいつの間にか桐島の記憶から消えていた。
山田サラが教室から飛んだ時、あの男の横顔を見た時、それが現実だったと突きつけられた。
警察から事情聴取されたとき、キスの光景を話すことができなかった。現実味がなかったからではない。現実だったからだ。
自分の「飛んでみたらいい」という言葉と、あのキスには何らかの関連がある。理由は何一つ分からないけど、確信が持てる。
だから、話すことができなかった。
「どうしたらいい?」
桐島は、何度も繰り返した自分自身への問いを、また繰り返した。
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