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重尾
1 ☆ ☆
「あのビルから飛び降りた。7階のてすりから指紋が検出された」
転落事案の現状にかけつけた重尾は、高橋さんから状況を聞くことができた。駅近くの、オートロックのないマンションからの転落だ。男性の遺体はすでに収容されていた。
夕闇が夜に変わりつつある。マンションにも明かりが灯り始めている。
事件か、事故か、自殺か。
「目撃者によれば、迷うことなく七階までエレベーターで昇り、手すりを乗り越えた。直接の他害はない」
たまたま同じエレベーターに乗り合わせて一緒に七階で降りた人がそう証言した。七階の現状にも、争った跡は何もなく、迷わず飛び降りたことが確認された。
「事件性は、見当たらない」
「自殺・・・ですか」
「自殺するような人間ではなさそうだよ。所持品から身元は割れている。53歳ルポライター。優男風だがずいぶん荒っぽい取材をして恨みを買っている。情報を金にすることも厭わないタイプだ。五年くらい前かな。このマンションに住んでいたホステスに対して交友関係をネタに強請りまがいのことをしている」
「そのホステスに関係が?」
「ホステスはとっくに辞めて引っ越してるよ。かなりしつこく付きまとわれてな。水商売の世界からは身を引いてる。おそらく無関係だ」
「じゃあなぜここに来たんでしょう」
「さあな。足がなじんでたから・・・かな」
「足が?」
「ああ。いや。俺にもよくは分からん。だが、俺は酔っぱらって昔住んでいたマンションに帰りかけたことがあるぞ」
「理性が飛んでたってことですか?」
「そんなこともあるかもしれんぞ」
「刑事のカン、ですか?」
ふふ、と高橋は笑った。
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