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背後の男がリュウセイの肩をがっしりと押さえた。ポケットに突っ込んでいたスマホもいつの間にか男の手に渡っていた。はた目には立ち話をしているように見えるだろうが、リュウセイは完全に押さえ込まれていた。
「何なんだよ。効いたとか効かないとか」
女は、じっとリュウセイを見つめた。
「この子はね、酔わせることはできるけど、言葉がうまく伝わらないの。あなたの言葉は伝わるようだわ」
女に寄り添うようにしていた少女がうつむいた。
「なんのことだよ」
「さっきの男、あなたの言葉に従ったでしょう」
たしかに、サラリーマン風の男はリュウセイの言うとおりにその場を離れていった。
「あなたには、できるみたいね」
リュウセイは、口の中に押し込まれたぬるっとしたものの感触を思い出した。それはすでに粘膜に吸収されていたが、味わったことのない刺激が口の中に残っていた。
「クスリか?」
薬物の怖さは街をうろつくようになってから実感していた。まさかやられてしまったのか?
口移しにされる薬物など聞いたことがなかった。俺の知らない新手のクスリだろうか。
「ふふ。大丈夫よ。あたしもずっと使っているし、この子も。体に合えば何の問題もないわ。たぶんあなたも大丈夫よ」
「すごいね。ちゃんと言うこときいてくれるなんて」
少女が口を開いた。鈴を振るような声だった。目の前にいる小さな女の子から発せられているのに、天上から降ってくるように聞こえた。
リュウセイのことをまっすぐに見つめてくる瞳が宝石のように思えた。
天使かよ。
今自分がいる場所も、自分を抑え込んでいる大男の存在も、得体のしれない女のことも、一瞬リュウセイの脳裏から消えた。
俺はあの時、恋に落ちてしまってたんだな。
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