シラユキ

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    6    ああ、行ってしまう。 そう思った矢先、彼は、またひょいと顔を出してきた。 「ちょっとだけ、散歩しない?坂の下まで付き合ってくれたらうれしい」 「え?」 「お客さん、来そうにないし。ちょっとだけ。ダメかな」 「いえ、大丈夫です」 本当は全然大丈夫じゃない。 シラユキは一人で外に出たことがほとんどない。でも今はこの人のそばにいたい。シラユキはエプロンを外して外に出た。  花屋の看板には『Blanca Nieves』と名前が書かれている。読み方が分からないとお客さんから苦情が来たらしく、あとから「ブランカ・ニエベス」と書き足されている。それでも長いと言われてからは「ニエベス」と呼ぶことが多い。 マドレは言った。 「私の国ではね、シラユキのことを『Blanca Nieves』っていうの。このお店はね、あなたの名前からとったのよ」 「マドレの国?」 「そう。私はね、海を渡ってきたの。赤ちゃんだったあなたを連れてね。シラユキ。スノウ・ホワイト。ニエベス」 マドレは歌うように言った。マドレの言葉は少しだけシラユキやリュウセイとイントネーションが違う。語尾が歌うように跳ねる、マドレのしゃべり方を、シラユキは好きだ。 でも、マドレは、絶対に真似をしたら駄目だという。 なぜなんだろう。 外に出ると、まぶしい初夏の日差しがシラユキを直撃した。シラユキは日中外出することがほとんどない。強い光の刺激で、頭がくらくらした。黒くつややかな髪が、真っ白な肌にかかって、鮮やかな対比を生んだ。 「だいじょうぶ? 一番日差しが強いもんね。俺はこういう日差し好きだけど、女の子は苦手かな」 そうなのか。女の子は、強い日差しがいやなものなのか。 「はい」 とりあえず、返事をしておこう。二人は坂道を下り始めた。
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