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ああ、行ってしまう。
そう思った矢先、彼は、またひょいと顔を出してきた。
「ちょっとだけ、散歩しない?坂の下まで付き合ってくれたらうれしい」
「え?」
「お客さん、来そうにないし。ちょっとだけ。ダメかな」
「いえ、大丈夫です」
本当は全然大丈夫じゃない。
シラユキは一人で外に出たことがほとんどない。でも今はこの人のそばにいたい。シラユキはエプロンを外して外に出た。
花屋の看板には『Blanca Nieves』と名前が書かれている。読み方が分からないとお客さんから苦情が来たらしく、あとから「ブランカ・ニエベス」と書き足されている。それでも長いと言われてからは「ニエベス」と呼ぶことが多い。
マドレは言った。
「私の国ではね、シラユキのことを『Blanca Nieves』っていうの。このお店はね、あなたの名前からとったのよ」
「マドレの国?」
「そう。私はね、海を渡ってきたの。赤ちゃんだったあなたを連れてね。シラユキ。スノウ・ホワイト。ニエベス」
マドレは歌うように言った。マドレの言葉は少しだけシラユキやリュウセイとイントネーションが違う。語尾が歌うように跳ねる、マドレのしゃべり方を、シラユキは好きだ。
でも、マドレは、絶対に真似をしたら駄目だという。
なぜなんだろう。
外に出ると、まぶしい初夏の日差しがシラユキを直撃した。シラユキは日中外出することがほとんどない。強い光の刺激で、頭がくらくらした。黒くつややかな髪が、真っ白な肌にかかって、鮮やかな対比を生んだ。
「だいじょうぶ? 一番日差しが強いもんね。俺はこういう日差し好きだけど、女の子は苦手かな」
そうなのか。女の子は、強い日差しがいやなものなのか。
「はい」
とりあえず、返事をしておこう。二人は坂道を下り始めた。
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