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けど俺は大賛成だよ。
だってこの『すき焼き』ってのは、ノーベル賞もんの発明食だからね。
肉と生卵がわりしたという調味液を仲人にして結婚するんだから、こんなに目出度いことはない。
実は亮介さんは俺の好物を知っていて、リクエストついでに『 汰は肉が好きだもんな』と喜ぶ俺の頭を撫でてくれたんだ。
そして撫でられながら俺は、子供の頃からこうして兄貴と兄貴の親友である亮介さんに可愛がって貰っていたことを思い出し、ユキさんに対する優越感から、これ見よがしに亮介さんに抱きついて へらへら笑って見せた。
その行為がユキさんをどれほど傷つけたかも知らずに。
───
「出張、僕も付いて行ったら駄目か?」
間延びしてるけど妙に悲しげな尻上がりでユキさんは訊いた。
「今回は日程も長いし、汰もいる。
留守番頼んだぞ」
「、、、うん」
「え?
ユキさんて、亮介さんの出張の度にくっついて行ってるの?」
どんだけ好きなんだよ。
「さてと」
俺の質問をスルーしたユキさんは、こっちが気を利かせて出した味醂や即席のだし汁には目もくれず、鉄鍋に牛脂を溶かし、熱したところで肉を入れた。
ジュワ〜っと雨音に似た音を立てて
つやつやした肉が縮む。
あれ?
「ちょっと!
ユキさん『わり下』は?」
高い松阪牛に何て乱暴な扱いをしてくれるんだよ。
「『わりした』?」
言ってる間に肉の両面に焦げ目が付き、ユキさんはそこへざらざらした粒の茶色い砂糖と醤油を投入している。
「すき焼きの『わり下』だよ!
わ、り、し、た!」
「何の事やら、やなぁ。
りょう、焼けたえ、早う食べよし」
「ああ」
亮介さんは慣れたように解いた卵に肉を浸し、焼肉ばりに焦げ目の付いた松坂牛をするっと食べ出した。
「だって今夜はすき焼きなんだろ?」
「そうや。
どこからどう見てもすき焼きやないか」
ユキさんはすまし顔で答える。
「だ、だけどすき焼きってのはさ」
「 汰くんにはこれがしゃぶしゃぶかなんかに見えるのか?
不思議な目ぇやなぁ
、、、頂きます」
そして手を合わせてから生卵を解き、悠々と肉をつまんで皿に取った。
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