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美容師は髪を染めた後の桜井の頭頂部に生える、一本の白髪を困った顔で見つめた。
まだ学生のころからなぜだか一本だけ生えているそれだけは、どうしても染まらないらしい。
よく、からかわれもした迷惑な存在ではあったが、思い返せば助けられたこともある。
人見知りの転校生、本ばかり読んでいる少年は、友人に聞けば近寄りづらかったらしい。
その少年の頭頂部に生える一本の白髪は話のきっかけになり、時には興味を持った異性が触れることもあった。
新しいクラスの色に染まれない桜井を助けてくれた存在でもある。
最近はすっかり存在を忘れていたものの、あらためて指摘をされると不思議な気持ちになった。
──まだ、あったんだ。
どこか懐かしく、自分のすべてを知っているようなそれは、なぜだか頼もしくもある。
この春から、桜井はようやく住み慣れた地方の町を抜け、都会の大学に行く。
いわゆる大学デビューを目指して美容室を訪れていたのであった。
「よりにもよって、一番目立つところですからね。あまりこういうこと言ってはならないのですが……抜いちゃいます?」
「ん? あぁ……そうっすね」
美容師は「ちょっと痛いですが、いきますよ」と言って白髪をつまんだ。
「あ、ちょっと待っ……」
ブチッと、思っていたよりも大きな痛みとともに、鈍い音がした。
「あ、すみません。痛かったですか? 太い白髪でしたからね」
美容師は抜いた白髪を桜井に見せた。
しかし桜井の表情は明るくなった髪の色に反して暗い。
というよりは、切ない。
何か大事なものを失ったような、これから新生活を始める者の表情ではなかった。
「あの、もしかして……抜かない方が良かったですか?」
「いや……大丈夫っす」
言葉と裏腹の表情を浮かべる桜井に、なんとなく心中を察した美容師は言った。
「あの……どうせまた生えてきますよ」
「え? まじですか」
美容師はよくわからないまま得意げに言った。
「ええ、白髪は頑固ですからね。何回抜いても生えてきますよ。大学生活、がんばってくださいね」
〈おわり〉
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