kissだけで感じる男と嫌いな男を抱く話

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 こいつに初めて会ったのは、小雨の降る肌寒い夜だった。  その日は何となく気分が乗らなくて、早めに帰ろうと店を出ると、すぐ側にある路地裏から話し声が聞こえてきた。 「誘ってきたのはそっちだろ? 今更逃げるとかあり得ないし」 「だってお前、キス下手すぎ」 「はっ? ちょっといい顔してるからって調子乗んなよ」 「俺、キス下手な奴とセックスできないの」 「ふざけんなよ」 「ふざけてないし。じゃあ……」  そう言って、男の横を掻い潜ってこっち側へ出て来ようとした倉林の腕を思いっきり掴み、自分の方へ引き戻すと、男はそのまま倉林を押し倒した。  話の内容から自業自得だろうと通り過ぎたけれど、見てしまった以上は放って置けないと思い直し、路地裏の方へと戻る。 「どけよ」 「初めから、こうなることを望んでたんだろ?」 「それはお互い同意の上だったらって話だろ。俺は、お前じゃ感じない」 「そんなのやってみなきゃわかんないだろ⁉︎」 「わかるさ。キスで感じない奴とはセックスで感じることなんて出来るわけない」 「くそっ、ふざけやがって……。このヤロ……」  逃げずに真っ直ぐと男の目を見て言い放った倉林に、俺は何故か見惚れていた。  でも次の瞬間……、男が倉林の着ていたシャツを無理矢理引きちぎった。それでも微動だにしない倉林に、気がつけば俺は近づいていた。 「おい、もうそのへんにしといたら? こんなとこで襲ったら、パクられるかもよ」 「誰だよ、あんた……」 「別に……。ただ、見つけてしまったから」 「誘ってきたのは、こいつ」 「でも、今はどこからどう見ても君が不利だと思うけど……」 「っだよ……。おい、お前、覚えとけよ」  捨て台詞を吐いた男は、あっという間に立ち去って行った。  おそらく店の中へと戻って行ったんだろう。  俺は、まだ横たわっている倉林に歩み寄ると、そっと手を差し出した。 「はははっ、笑えねえ……」  顔を覆うように腕を組みながら、倉林は震える声で言った。  さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、別人のように小さく丸まっている。 「ほらっ、これ。風邪引くといけないから」  カバンに入れてあった薄手のブルゾンをそっとかける。これで破れた服を隠すことくらいはできるはずだ。 「自業自得って思ってる?」 「まあ……、ないとは言えないかも」 「ははっ、やっぱりね……。けど、助かったよ。これも、サンキュ」  ブルゾンをギュッと握り締めながら、お礼を言ってくるから、「気をつけて帰りなよ」とだけ伝えると俺は背を向けて歩き出す。  すると、勢いよく腕を引かれ体を回転させられたかと思えば、そのまま唇が重なった。  ほんの一瞬だけ触れただけの唇はすぐに離れて、さっきまで横たわっていたはずの倉林は右手で自身の唇に触れながら色っぽく微笑むと、俺のブルゾンを羽織り夜の街へと消えて行った。
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