蔦の葉に覆われたビルで縄で首吊りかけた女と女が飼っていた鳥と俺との友情

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そのまま、いつの間にか眠ってしまった俺は、鳥の騒ぐ音で目が覚めた。 鳥は、カーテンの向こうでバタバタと羽ばたいてガラス窓に体当たりを繰り返しながらピーピージュルルルルピーピーと鳴き続けている。 カーテンを開け窓の外を見て、俺は慌てた。 蔦の葉に囲われた窓の向こうで、昨日の女が死のうとしている。 どこか高いところから吊り下げた縄の輪に首を()めようとしている。 俺は鳥が飛び出すことなど気にせず、窓を開けて叫んだ。 「おい。やめろ! 窓を開けろ! 早く、窓を開けて鳥を入れてやれっ 」 女は、チラッとこちらを向くが、縄の輪を両手で握ったまま怖い顔をしている。 「聞こえないのか! 早く、窓を開けて鳥を入れてやれよ。鳥が・・・鳥がどこかに行ってしまう。この鳥はな、君の心の声が聞こえるんだ。すごい鳥だよ。超能力だぞ。そんなことして遊んでる場合じゃない。早く、窓を開けて」 女は縄を離し、つかつかと窓辺に歩み寄ると、窓を開けて 「うるさい!」 と怒鳴り、俺を睨んだ。 それでも、一晩、俺の部屋で過ごした鳥は、とりあえず飼い主の部屋へと舞い戻った。 「よかった。少しは鳥の気持ちにもなってやれよ・・・」 ホッとして俺は、そう、つぶやいた。 女は泣きそうな顔で、相変わらず俺を睨んでいる。 「何やってんだよ、朝から。ドライフラワーでも吊るそうってのか?」 俺は、気を利かしたつもりで、そう質問した。 すると女は、淡々と答えた。 「首吊りだよ。縄の結び目が弱くて、うまくいかないんだ」 「キツく結んでやろうか? どれ、見せてよ」 女は縄を取り外し、くるくる巻いてビニール袋に入れると、マジに俺の窓に向かって放り投げた。 「ストラーイク! よく上手く投げ入れたな。どれどれ。あー、この縄、もうぼろぼろになってるよ。これじゃあ、君の重さには耐えられないだろ・・・ってか・・・君、名前なんていうの?」 「ケセラちゃんよ。かわいい名前でしょ。私は案外、この名前、気に入ってる」 「ケセラちゃん。フランス語かい?」 「そうよ。ママはフランス人だから」 「そっか。どうりでケセラちゃん、美人だと思ったよ」 「そんなこと、どうでもいいわ。それより、何かもっと丈夫な紐とか持ってない? その縄じゃ首吊りできそうにないんでしょ?」 「何で首吊りたいのさ?」 「他に死ぬ方法があるなら教えて」 「普通に生きてりゃ、いつか死ぬよ」 「あははは。レイソウさん、面白い」 「面白いか? だったら死ぬ前に、もっと面白い話しようぜ」 「私ね。耳は聞こえるけど目が良く見えないんだ。それに頭もごちゃごちゃで何もできないから生きていても仕方ないの」 「誰だって生きていても仕方ないのは同じだろう? ケセラちゃんだけが特別じゃない」 「誰だって生きていても仕方ないの?」 「そうさ。金持ちだって、頭がいい学者だって、プーチンだって、トランプだって生きていても仕方ないのは同じさ。みんな、どうしたらいいかわからないんだ」 「そんなもんか?」 「そんなもんだよ」 「知らなかった」 「そりゃあ 大変だ あははは」 「なんか・・・今日は、死ぬのやめる」 「よかった。朝ごはん食べたか? 鳥にもエサやれよ」 「うん。鳥、ありがとう」 「鳥、なんて名前?」 「サンコバ」 「どういう意味?」 「知らない。病院でもらった目薬の名前だよ」 「あははは。なんで目薬の名前なんだよ」 「その目薬、案外、効く感じだったから。次にまた貰う時まで、名前を忘れないようにと思ってた時に、この鳥をママが買って来たんだ」 「なるほどネ! 俺、朝メシ食ったら、そっちに遊びに行ってもいい?」 「ダメ。それは無理。もし、丈夫な縄を見つけたら、窓から投げ入れて。その時は窓を開ける」 「わかったよ。サンコバ、可愛がってやれよ」 「そんなに気に入ったなら、あげるよ。私、どうせもうすぐ死ぬんだし」 「死ぬのは、もう少し待ってくれよ」 「もう少しって・・・どのくらい?」 「俺が生きてる間は、死なないでほしいな」 「はあっ・・? なんで? 」 「死んでほしくないからに決まってんだろ」 「私のこと何も知らないくせに。頭おかしいんじゃないの?」 「じゃあ、ケセラちゃんのこと、もっと教えてくれよ。その前にさ、ちょっと俺、トイレ行きたいし、メシも食いたいからさ。ケセラちゃん、また後で、絶対に話そうぜ。約束して! 」 「うん。約束する。サンコバに誓って・・・また後で」 俺は両手を高く上げて、まじないのように唱えた。 「ラミチエ エテルネル サンコバ ケセラ レイソウ」  (永遠の友情 L'amitié éternelle) 「あはははは・・・ ラミチエ エテルネル サンコバ ケセラ レイソウ!」 ケセラちゃんも真似して片手を上げて唱えてくれた。 よしっ! 俺は、ケセラちゃんを信じ、安心して、その場を離れた。
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