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1.決意の手紙
下校のチャイムが鳴ると同時に教室の中は次第に静まり返っていく。響いているのは、あたしのペンの不規則な音のみとなった。
教室の窓側、一番前の席。真剣に机と向き合っているあたしは最後の一文字を書き終わった。
「……っ、よしっ!」
ふぅーっと息を吐き出してペンを転がすと、背伸びをした。夢中になって何度も書き直していたからか、窓の外は夕陽が傾いて校庭を照らし始めていた。
校庭では運動部が練習に励んでいる。窓のサッシに手を掛け、一点を見つめた。
視線の先には校庭のトラックを走る小松先輩の姿。手足が長くて、耳に少し掛かるくらいの髪が走るスピードでなびく。
授業が終わってからの一日で一番幸せな時間。
幼い頃から体が弱くて無理な運動は控える様に医師に言われてきたから、部活には入らなかった。早く帰ってもつまらないなと、いつからか放課後、窓の外を眺める様になっていた。
まだ一度も話したこともないし、見ているだけが精一杯のあたしが、小松先輩を気になり始めたきっかけは、中学一年の夏。
『陸上部に入って正解だった! だってさ、あの小松先輩がいるんだぜ! 同じ場所で走れるとかすげぇ!!』
興奮気味に目をキラキラと輝かせる裕斗とは家が隣同士でお互いの両親も仲が良い。病気がちなあたしの為に裕斗は毎日一緒に登校してくれていた。
『そんなに凄い人なの?』
裕斗の鼻息の荒さに、思わず笑ってしまう。
『走る時のフォームがすげぇキレイなんだ! 風と一体化してるっていうか、全国大会行く人だぞ、凄いに決まってる!』
遠くを見つめてうっとりとしている裕斗の頭の中は、いつも小松先輩のことでいっぱいなんだろう。
『とにかく、奈緒も今度見てみろよ。教室から見えるはず! ちなみに俺の勇姿も!』
ニンッと歯を見せて笑う裕斗にあたしも笑った。その日から、あたしは放課後の校庭を眺めるようになった。
裕斗の言うように、小松先輩の走る姿がまるで羽でも生えているかの様にキレイで、夕陽に照らされると輝いて見える。そんな姿に目が離せなくなっていた。
「あれ? 奈緒、また見てたのかよー」
汗だくでタオルを首に掛けた裕斗が教室へと入って来た。
「うん、やっぱりキレイだね。小松先輩の走る姿」
窓の外に見える小松先輩の姿を見ながら答えた。
「……なにか書いてたの?」
「えっ!!」
机の上に紙と封筒が置いてある事を気付かれて、あたしは慌てる。
「あ! えっと、これは……」
見つかってしまった手紙を慌てて両手に包み込む。とたんに、頬が熱くなるのを感じた。
今時手紙なんて書く人がいるのかと笑われてしまうかもしれない。直接言葉にすることも恥ずかしいし、先輩の連絡先も知らないあたしの想いを伝える手段は、手紙以外に思い浮かばなかった。
「小松先輩に?」
分かりきったような声で裕斗に聞かれて、あたしは小さく頷いた。
先輩の事を一番に教えてくれた裕斗にだったらバレてしまってもいい。
毎朝学校までの道のりで裕斗が話してくれる小松先輩のこと。なんにも知らなかったはずのあたしの心の中は、いつの間にか小松先輩で埋め尽くされてしまっていた。
「そっか、上手く渡せるといいな!」
いつもの笑顔であたしの頭を軽く撫でると、裕斗は教室を出て行った。
「はぁー、手紙これで大丈夫かなぁ。裕斗にチェックして貰えば良かった」
ラブレターなんて十四年間生きてきて初めてだよ。なんて書けば良いのかなんて、いまいち分からないけれど、想いだけはしっかりと書けた……はず。
「……いつ渡そう」
一人じゃ絶対に無理だぁ。
裕斗、来てくれないかなぁ。
窓の外を見ると、校庭の真ん中で裕斗が手を振っていた。あたしも同じように手を振り返す。
いつもここから見てるのが、バレバレだったんだね……。
恥ずかしくなって椅子に座り直すと、あたしは手紙をもう一度読み直した。
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