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僕に人生初と言えるモテ期が到来した。
決して見た目が悪いとか性格が悪いとかではないと思うのに、これまで一度だって男女ともにモテたことなんてなかった。それなのになんと同時に三人に告白されたのだ。驚きすぎて最初は悪戯かなにかだと疑ったくらいだ。でも、三人の中にある人物を見つけ、これが冗談や悪戯の類ではないことは分かった。
だとしても一体全体なにがどうなったのか、驚き戸惑うけれどじわじわ浮かぶ喜びに浸ってばかりではいられない。相手のあることだ、告白されてハイ終わりというわけにはいかない。返事をしなくては。
三人はクラスメイトでそれなりに知ってはいたけれど、そういう目で見たことがなかったから返事を決めかねていた。それぞれによいところがあり、誰かひとりを選ぶことが難しいのだ。選ぶだなんて烏滸がましいのかもしれないけれど、誰かひとりを選ぶことも、誰も選ばないこともすべて僕の手に委ねられているのだ。
一人目は、上野 裕也と言っていい意味で典型的なお金持ちのボンボンタイプで、少しもすれたところがなく性格がとてもいい。
二人目は、中山 淘汰と言ってがっちりした体躯のスポーツマン。性格もしっかりとしていて包容力があり、とても頼りになる。
三人目は、下北 空と言ってひょろっとしていて、自己主張をするタイプではないけれど簡単に流されるといった感じでもない。あまり知られていないが自ら持ってきた花をさりげなく教室に飾ったり、朝早くにきて窓を開けて換気をしたりと気遣い屋さんだ。
それぞれ特徴的で、でもみんな僕のことを一様に好きだと言ってくれた。
折しも今日はクリスマスだ。クリスマスの日に告白だなんてロマンティックで最高ー! って普通は思うかもしれないけれど、僕はそうは思わない。またか、よりにもよって、そう思った。
僕はクリスマスが好きではないのだ。いや、はっきり言って大嫌いだ。
それは――――。
誕生日と言えば、家族や友人に祝ってもらった楽しい思い出が誰にでも少なからずあると思う。
だけど僕にはそれがない。ただのいちどもだ。
どうしてかと言うと、答えは簡単。僕がクリスマスの日に生まれたからだ。
クリスマスに生まれてしまったから、その日は僕の誕生を祝うのではなくイエスキリストの誕生を祝うのだ。
僕としては自分の誕生日に他の人の誕生を祝うだなんて、なんだか負けた気がする。
だけど世間で言えば僕の誕生日よりもイエスキリストの方が有名だし、家族ですら一緒でいいよねってメリークリスマスとチョコペンで書かれた立派なプレートの端っこに、おまけみたいに僕の名前があるだけ。あれほど惨めなことはないと思う。
当然クリスマスプレゼントはあるのに誕生日プレゼントはない。
毎年クリスマスは、サンタさんを模したメレンゲ人形を頭からバリボリ食べて憂さ晴らしをしている。そんな憂鬱な日なのだ。
僕は三人に向かって「今日はクリスマスだね」ってわざと言ってみた。
上野は「ああ、ふたりきりでこれから豪華なクリスマスディナーでも食べようじゃないか」と手を差し出した。
中山は「これクリスマスプレゼントだ。寒いだろう?」と言ってマフラーを首に巻いてくれた。
下北は「あの……お誕生日おめでとう。クリスマスも――」と言って、僕の誕生日をメインとして扱ってくれて、クリスマスはおまけみたいに言ってくれた。
初めてだった。それにプレゼントもふたつ――。
中身がたとえその辺の石ころだったとしても僕は構わないと思った。豪華ディナーも温かなマフラーも要らない。僕の誕生日をちゃんと祝ってくれたきみが欲しい。初めて僕はイエスキリストに勝って、特大のプレゼントを貰った気がした。
両手を高々と上げ、「イェス!」と叫ぶ。
そんな僕の奇行に戸惑いながらも大人しく返事を待つ三人に、深く頭を下げ謝った。
僕を好きになってくれてありがとう。応えられなくてごめんなさい。僕は――
「僕は、下北がいい。僕を勝たせてくれてありがとう――」
なんのことを言っているのかは誰にも分からなかったみたいだけれど、僕が下北を選んだことはちゃんと伝わって、二人は「残念だけど仕方ない」「お幸せに」と口々に言ってその場から立ち去った。
二人の背中を見送り、向き直った僕に下北は「僕も、僕を選んでくれてありがとう」と消え入りそうな声で返してくれた。
僕は初めて、クリスマスを好きだと思えた。
-終わり-
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