第一部

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第一部

 これも、賭けには違いなかった。  人並みに泳げる程度の暖多は不安を拭うように男性の手を引いた。祖母がよく言っていた、「押して駄目なら引いてみな」という言葉を反芻しながら、ゆっくりと浮かび呼吸を整える。さすがに初冬の川は冷たかった。男性は必死に助かろうともがいていた。しかしそれでは溺れてしまう。暖多は彼に囁いた。 「大丈夫です。落ち着いてください。深呼吸しましょう」  男性は暖多にしがみついた。構わず暖多は彼の耳元で、吸って、吐いて、と言った。男性もようやく少しは落ち着いてきたようだ。 「これから、手を引いて、岸に向かいます。力は抜いてくださいね」  正直、暖多は川底に足がつかないので不安で仕方なかったが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。とにかくこの川から脱出しなければ、溺れなくても凍死してしまう。暖多は男性の手を引いて岸へ向かった。その間のことはよく覚えていなくて、気がつくと岸に辿り着いていた。川から上がり、男性を引き上げる。プールから上がった直後と同じ寒さに加え、北風に吹かれる。
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