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序奏
七星橋から暖多は空を眺めた。今日の月は女神と呼ぶにふさわしい、穏やかな顔をしていた。こんな日は何か一句詠みたくなる。暖多はSNSアプリ「言の葉流し」を開いた。
願わくば久しく眠りにつくときは水面の月をつかみとりたい
素早くタップし、「#短歌」をつけると誤字がないかを確認して投稿する。「願わくば」なんて安直すぎたかとも思ったが、自分の中ではかなり満足だ。このアプリはその名の通り言葉を流していくのだが、灯籠のように流れてゆき誰かの目にとまることから、「灯籠」とも呼ばれている。このアプリで短歌をしている人も少なくないことから、「灯籠短歌」というジャンルの文化になりつつあった。
スマホを鞄にしまった後、暖多は少しにやりとしながら小声で短歌を口ずさんだ。自惚れている、とも言う。
普段はもっと人がいるはずのここは、今日はやけに静かだった。バイト帰りで夜遅いにしても、やはり人が少なかった。橋の街灯の下に男性が一人佇んでいる姿がぽつりと浮かんで見えた。見たことがあるような気もするが、夜が深いのでわからなかった。
「…短歌なんて詠んで、呑気なことだな」
男性がぼそりと呟き、力なく笑った。
聞かれていた。
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