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会いたくなかった
パーティーが始まって、まず新しく総支配人に就任した天夜さんが挨拶をした。
壇上の天夜さんはいつもに増して輝いている。誠実に、ときにユーモアを交えながらのスピーチは大きな拍手によって讃えられた。
私も挨拶の始まる前に会場の隅に移動して壇上にいる天夜さんに拍手をおくった。
その後、乾杯を終え、天夜さんも壇を下りて、来客の皆さんに挨拶をして回っている。
この挨拶が終わりみなさんが歓談や料理を楽しみだし、いい頃合いになってから、我々「ムーンリット・ドア」のメンバーが壇上に上がることになっていた。
「何か食べるなら、今のうちですよ。」
いつの間にか目の前に天夜さんが立っていた。
「え?ここにいていいんですか?」
「祖父と母が、いつまでも恋人を放っておくなとご立腹で。こうしてご機嫌伺いに来ました。」
ちらっと天夜さんの目線の先を見ると、お祖父様とお母様が期待に満ちたキラキラした目でこちらを見ている。
「……なんか、初めての彼女をうちに連れて行ったときの親のようですね。」
「そうなんですか?私はそういう経験がないので」
「え?」
「お付き合いしている人を家族に紹介したことないんですよね。そもそもそこまで深くお付き合いをした方がいないもので。」
「……モテなかったはずはないですもんね。て、ことは、今までかる~い大人のお付き合いを重ねてきたってことですか?」
わざとらしくチラッと横目で天夜さんを睨む。自分の言葉でちょっと胸が痛むのは見ないふりをした。
「もしかして、嫉妬してくれてます?私の恋人は。」
ちょっぴり意地の悪い顔で私をからかう天夜さん。
こんなの、言葉の遊びだとわかっているのに私は顔を赤くして恥ずかしすぎて俯く。
そんな私を見てなぜか天夜さんは目を逸らした。
「……それ…ダメで…」と何か呟いたが声が小さすぎて聞き取れなかった。
なんて言ったのか聞き返そうとしたが、その時に大きな声が遮った。
「天夜総支配人!お久しぶりです!」
見ると、恰幅のいい、中年のギラギラした感じの男性が若い女性を伴って天夜さんに挨拶に来たらしい。
「ああ、木村社長、お久しぶりです。今日はありがとうございます。お花も頂きまして感謝申し上げます。」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になっております。しかし、立派になられましたなぁ。最後にお会いしたのは2年ほど前ですか。アメリカの研修にいかれる直前でしたから。」
「そうでしたね。すっかりご無沙汰しております。」
木村社長は天夜さんと話をしながらもチラチラと私を値踏みしたように見る。
なんなんだろう。
「そうそう、天夜さん、覚えていますかね?この子のこと」
そう言って木村社長の影から出てきた若い女性を見て私は唖然とした。
そこには、もう会いたくないと思っていた木村若葉が媚びた笑顔で立っていた。
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