82人が本棚に入れています
本棚に追加
「お久しぶりです、天夜さん。覚えていらっしゃいますか?木村若葉です。」
若葉は猫撫で声で天夜さんを呼び、上目遣いでここぞとばかりに天夜さんに媚びた。
一方で私のことは邪魔な虫を見るように見つめる。
「木村社長のお嬢さんですね?前にお会いしたときは大学生でしたか?お久しぶりですね。」
「はい。お会いしたかったです。……あの、ところで隣の方は?」
「え?」私と天夜さんは顔を見合わせ、そして同時に納得した。
瞳の色と髪の色が変わって、伊達メガネを外した私のことを木村若葉はわからないのだ。
「彼女は……」
「秘書の方ですかな?いやー、流石、天夜さん位になると秘書の方もお美しい。日本語は話せますかな?」
木村社長は一人で納得して頷いている。
木村若葉は父親の言葉に明らかにホッとしたように笑う。
木村社長は、名案を思い付いたように言う。
「そうだ!もしそちらの秘書さんが日本語が苦手なら、うちの娘を秘書に雇ってもらえませんか?
うちの娘、大学を出たら家で花嫁修業しなさいと言ってたんですがね?結婚したときに相手の旦那さんのことを支えたいから、社会人として働く経験をしてみたいなんて言いましてね?今はNトラベルに勤めているんですよ。」
「そうなんですか。Nトラベルに……」
「娘もね、この通り世間知らずなもんだから会社でも随分苦労しているみたいですがね。
最近も会社のお局様って言うんですか?その先輩にキツイこと言われたりしてるみたいで……。
できればもう、そんなところは辞めて天夜さんのように頼れる男性と結ばれてくれれば、なんて親心もありますよ。」
ん?お局?それって私のこと?
「いやだ!パパったら、そんな事冴月さんに言わないでよ。私が至らないからいじめを受けるだけなの!
でも……冴月さんには言っていたほうが冴月さんのためかもしれませんね。」
「何がです?」
天夜さんは笑顔だが目は笑っていない。
「あの、ここだけの話なんですが、冴月さんのホテルに移動した、氷室さんなんですが。すごく評判が悪いんです!仕事はいい加減だし、人に押し付けるし。下の子がやった仕事を自分の手柄にしちゃうし。男性社員にも嫌がられてるのにベタベタしたりして。みんなに、嫌われてて。だから冴月さんにも迷惑がかかるんじゃないかって、私心配で!」
うわ……自分の陰口、もろに聞いてしまった。
しかも全く覚えがないんですけど。
「本当か?若葉!そんなとんでもない女が天夜さんのホテルに移動になったのか?そりゃ大変だ!天夜さんに害が及ぶ前にクビにしたほうがいい!
あ、なんならその代わりにうちの若葉がお役に立てるかもしれませんね!親の欲目かもしれませんが、うちの若葉は公私ともに天夜さんをフォローできる器量があると思いますよ。」
何なんだろう、この茶番は。怒りを通り越して白目になりそうだ。私が反論しようとしたその直前に、天夜さんが私を庇うように前に出た。
「私の部下のことを悪く言うのはやめていただけますか?それとも私がそんな低次元な行いををするような人間を見抜けず引き抜きをするような無能だとでも?」
静かながら怒りのこもった声で木村親子を天夜さんは睨みつけた。
ヒッと引きつった声をだして後ずさる木村親子。
それから、絶対零度の笑顔で木村親子に向かって私の肩を抱き寄せて紹介した。
「木村さん、こちらがこの度私の新事業のお手伝いをいただくためにNトラベルから来てもらった氷室涼音さんです。」
またしても蕩けそうな笑顔で私を見つめて天夜さんは唖然とする木村親子に見せつける。そして、私に無言のGOサインを出す。
スウッと息を吸い込み、できるだけ明るく、冷静に笑顔を作って、私も木村親子に向き合った。
「初めまして、木村社長。氷室涼音と申します。お見知り置きください。
若葉さん、昨日ぶり?今日は天夜の就任パーティーにご参加ありがとうございます。お仕事、お休みして大丈夫でした?」
「え?…あ、氷室……先輩?うそ!」
青くなったり赤くなったりする木村若葉。
「ええ。氷室です。ご心配なく。見た目はこうですけど、ご存知のように日本語に不自由はしていませんので。若葉さんが私のことをそんな風に捉えていらっしゃったことも存分に伝わりました。」
「いえ、それは、違うんです……。あの、私勘違いしていたのかも……。あれはそんな意味じゃなくて……」
「あら、そうなの?じゃあ、ちゃんと誤解の無いように物事を伝えられるようにしっかり日本語を勉強しないとね。」
木村若葉がブルブル震えているのは屈辱からだろうか?それとも私の隣でブリザードのような目つきをしている天夜さんのせいだろうか?
私は木村社長にとどめを刺す。
「若葉さんは私なんかと違ってすごく男性社員にも人気があるんですよ。私の親しくしていた男性も、私より若葉さんに夢中になっちゃって。とても若葉さんのような傍若無人、いえ、天真爛漫なお人柄の方にはかないませんわ。慎んで身を引かせていただきました。」
「ああ、そうなの?随分しつこくされてたから心配していたんだけど、君とあの男と縁が切れてるなら良かった!安心したよ。」
天夜さんは木村親子にこれでもか、と誇示するようにささやく。でもその囁きはとても微妙な大きさで。間違いなく私達四人には聞こえた。
「わ、若葉!お前付き合っている男がいるのか?」
天夜さんに娘を大プッシュしていた木村父は娘を叱りつける。
最初のコメントを投稿しよう!