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「そ、そんな、私!お付き合いしてる人なんて……」
若葉はシドロモドロになる。
なるほど、木村父は若葉をあわよくば天夜さんに近づけたかったのか。だから取引のあるNトラベルに入社させた。Nトラベルはムーンリットグループの傘下にある。
「あら、お誕生日にプロポーズされるかも、って言ってらしたわよね?とても可愛らしかったから覚えているんだけど。」
「じゃあ、もしお話が決まりましたらぜひ、ムーンリットホテルでのご披露宴などをご検討ください。」
「来月にはこちらでブライダルフェアが開催されるんですよ。是非南野さんとご来場くださいね。お待ちしております。」
私と天夜さんの怒涛の波状攻撃に木村親子は目を白黒させていた。
「では、そろそろ失礼させていただきます。間もなく『ムーンリット・ドア』の発表をしますので。どうぞ、最後までパーティーお楽しみください。」
天夜さんは私の腰に手を添えて完璧なエスコートをしながら木村親子をその場に置いてきぼりにした。
少し離れた場所で、天夜さんは私に向き合った。
「お疲れ様」
「すみません、私のせいで変なことに巻き込んで」
「いや、あれはあれでなかなか良い牽制になった」
「牽制?」
「周りの聞き耳を立てていた連中も、これからはうかうか自分の娘やら身内の女性を紹介してくる事が無くなりそうだ。良い虫除けになる。」
「私は蚊取り線香ですか?バル○ンですか?ムシ○ーダですか?」
呆れる私に今度は蕩けるような笑顔ではなく、ちょっと腹黒い性格の透けるような悪い笑顔を向ける。
こわっ!と思うのに、その笑顔さえ私の心が惹きつけられてしまうのがわかる。
あんなに自分を戒めたいと思うのに不甲斐ないなぁ、と自己嫌悪に陥りそうだ。
この人と出会ったことをいつか後悔してしまうこと。それが今の私には一番恐ろしい。
「さあ!そろそろ壇上に!ムーンリット・ドアを開けるよ。」
ささやくように語る天夜さんの声に、仕事モードに切り替える。
この芽生えた想いはもうこれ以上は、はぐくまない。
「はい。」
ムーンリット・ドアのスタッフが紹介され、皆さんの温かい拍手に包まれた。
壇上から見渡したが木村親子はどうやら会場を出たらしい。姿は見えなかった。
こうして、パーティーのミッションは、無事終わった。
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