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「だから何よ。そのことが貴女の価値を下げるの?馬鹿馬鹿しい。」
「この世の中で自分よりも大切に思えるのが我が子でしょ?私はそんな存在にはなれなかったんだな、っていつも心のどっかで思っちゃうの。」
「涼音……。あのね、私は若い頃のサクラしか知らない。
サクラはね、とても行動力があって、すごく愛情の深い人だった。その彼女が貴女を残して姿を消したのはなにかものすごい事情があったとしか私には思えないのよ。」
「それは彩女さんから見たお母さんでしょ? そんなのわからないじゃない。
結婚もしないで私を産んで、子どもを捨てたんだよ?
それ以来手紙も電話も寄越さない。生きてるか死んでるかもわからない。
そんな人と血の繋がった私なんて……」
「涼音!やめなさい!」
「いつか私のことなんか好きじゃなくなる。お母さんも、冴月さんも、私のこと、どうでも良くなるんだよ。」
「じゃあ、俺が直接聞いてやるよ。」
声に振り向くといつの間にか店に戻ってきた天夜さんが立っていた。
「…直接?」
「そう。涼音のお父さんとお母さんを探して、連れてくる。あらゆるツテを使って見つけ出す。
どうして俺の大事な人を置いていったんですか?って聞くよ。
本当に涼音のことどうでもいいと思っている人たちなら遠慮せずにこれまでの涼音も今の涼音も、これからの涼音も全部俺がもらう。
絶対に手放したりしない。」
「冴月さん……。」
「だから安心しろ。俺も、涼音のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも、彩女さんもみんな、涼音を大切に思ってる。離れてなんかいかない。」
「視て」いなくてもわかる。この人は嘘をついていない。温かくて優しい色がフンワリと私を包んでくれた。
その色を躊躇なく纏うことはまだできない。でも。この人の色を離したくないと貪欲に求める私も確かにいるのだ。
いつか、いつかこの人の色に手を伸ばしたい。私の色を求めてもらいたい。
そんな日が来るのだろうか。
車で送る、という冴月さんの好意は丁重に断った。多分、彼はこのまま仕事場に戻るのだろう。私を送って、ホテルに戻って、よりは少しでも早く仕事を終わらせて休んでほしい。
「今日の私はキャパオーバーです。少し酔いを醒ましてからタクシーで帰ります。」
「……わかった。じゃあ、悪いけどお先に。彩女さんもお騒がせしました。」
「こちらこそ。いいドラマ見せてもらっちゃった!これからも涼音のこと、よろしくね。」
「はい。任せてください。」
風のように去っていった冴月さんの色の残像をいつまでも見つめていた。彩女さんが私の耳元で囁く。
「天夜さんの願掛け、成功ね。」
「願掛け?」
「そ。彼のオーダーしたカクテル。アプリコットフィズ。カクテルにはね、カクテル言葉っていうのがあるのよ。テキーラサンライズなら『熱烈な恋』とか、XYZなら死ぬまで一緒にとかね。」
「アプリコットフィズのカクテル言葉は?」
「ふふ、自分で調べなさい」
そう言って彩女さんは本を貸してくれた。
アプリコットフィズのカクテル言葉は
「振り向いてください」
だった。
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