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ホテル内ストーカー
急遽予定にない来日をしたM国のVIPに日本政府も、ムーンリットホテルも大慌てだったが、プレジデンシャルスイートはデュボワ氏が来る数日前から開けていたので、すぐさま対応ができた。
冴月さんのことは嫌いでも、ムーンリットホテルの客室、施設、ホスピタリティはお気に召したらしいデュボワ氏。
「うちの国にもいつかこんなホテルを作りたい。」と夢を語った。
「その際には全面的に協力させていただきます。私の未来の妻に縁ある国ですからね、M国は。」
と、またしても含み笑いをする冴月さんにいちいち反応する強面おじさん。やめてほしい。
そんなデュボワさんと母は、私の勤めるムーンリット・ドアが見えるホテルラウンジで私のことを暇さえあれば見ている。時に写真や動画を撮っている。
「子供の頃の運動会や学芸会で撮影することができなかったから」らしいが、だからといってこれじゃストーカーだ。
そもそもあなた方の娘は、運動神経がいいわけでもなかったから運動会でも活躍しなかったし、友達もいないし、運動部にも入ってなかったし、学芸会では地蔵Bだし。そんなに撮りがいのあるもんじゃなかったんですけどねー。
娘が接客する様子に狂喜乱舞する女と感動のあまり泣いている大男。
とてもじゃないけど、テレビのニュースに
「M国の民衆の星、新首相とその美しい日本人妻」なんて騒がれている二人とは思えない。
冴月さんに注意をしてくれ、と頼んだが、母に、撮った写真と動画と私の幼い日の写真をあげようか?と言われ、他のお客様のご迷惑にならないようにとだけ言って交渉成立したらしい。なにそれ。
いよいよ明日にブライダルフェアを控えた日、一組の若いカップルがムーンリット・ドアを訪れた。
明日のブライダルフェアに参加申込をしているが、明日はドレスの試着や料理の試食にも申し込んでいるのでハネムーンの相談を予めしておいて、明日は成約だけをしたいということだった。
お名前を記入してもらったときに、前もってハネムーンの相談予約をしてくださっていた方だと気づいた。
「この度はおめでとうございます。」
結婚のお祝いを述べると、女性の方が赤くなる。
「ま、まだ、入籍はしてないんですけど。入籍してからパスポートは取ろうと思ってまして。」
「かしこまりました。それではお申し込みは新しい苗字で承りますね。」
「あ、はい。それで大丈夫ですか。」
「勿論です。ありがとうございます。では、お申込みは大木多門様と大木真愛様でよろしいですね?」
「はい。よろしくお願いします。」
「ご希望の旅行先などは決まっていますか?」
「えーっと、海でも泳ぎたいし、でも雪景色もいいよね。ショッピングはそこそこで、美味しいものも食べたいし…多聞くんは?」
「真愛、欲張りすぎ。」
男性の方は笑いながら彼女を見つめる。ああ、当たり前だけど彼女のこと大好きなんだなぁって思う。
「だって!海外旅行だよ?一緒に一番遠くに行ったのなんて、高校の頃の修学旅行の沖縄だよ?」
「高校の同級生なんですか?」
「はい。」
「素敵ですね。」
二人は照れたように顔を見合せて笑った。
ご希望に添えるように全力で頑張ろうと思った。
「たとえば、ハワイ島なんていかがですか?もちろん海で泳げますし、イルカや海ガメと泳ぐこともできます。マウナケア天文台群では星空も見れますし、冬ならば雪が積もることもありますよ。」
「わ~、素敵だねぇ、多聞くん。」
彼女は屈託なく笑う。その他の地域のパンフレットも選んで、ウィンドウの鉄道写真も楽しそうに見ていた。
そんな彼女の様子を見守っている彼に話しかけた。
「可愛らしい奥様ですね。表情豊かで。」
「ありがとうございます。でもあんなに笑うようになったの、最近なんですよ。高校時代は俺も彼女も無表情で有名だったから。」
喋りすぎたかな、と言うように頭をかく彼。
「じゃあ、明日またブライダルフェアの会場で!よろしくお願いします!」
二人は寄り添って帰って行った。
よし!明日も頑張ろう!
明日は、デュボワ夫妻も大事な会合があると言うし、ストーカーを気にせず仕事ができそうだ。
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