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* * *
気付けば人形は、宙に浮いていました。
身体を見れば、そこにゴミの真っ黒色なんてありません。
人形は透明になっていました。
正しくは透明ではありません。
雨の色。
太陽の色。
土の色。
葉の色。
他にも様々な色に染まりきって、人形は「地球色」となり、地球を包む空気の一つになったのです。
何色でもあるその色で、世界中のどこにでも行けます。人形は地球と同じになったのです。
地球を見て回るのは楽しく、たくさんのものを見て回りました。海、遠い国、火山、雪国、地底、宇宙にもっとも近い場所――。
たくさんのものを見て回る中で、ふと、ある家に目が留まりました。
とても懐かしい気持ちのするその家の中を覗けば、一人の少女がいて、元人形は「あっ」と思います。
そう、あの少女でした。どうして彼女のことを、いままで忘れていたのでしょう。
少女は、かつて家に連れてきた少年とは、別の少年と一緒にいました。どうやら新しい恋人のようです。それにあわせるようにして、少女の姿も少し変わっていました――新しい恋人によって、少女が染まったのか、または少女が何かに影響を受けて染まったから、元の恋人と別れ、似た色のいまの恋人とつきあっているのか。
何にしても、かつて、元人形を愛した少女の片鱗は、どこにもありませんでした。
けれども、そうやって、あらゆるものは、あらゆる色に染まって変わりゆくのだと、人形は察します。
自分が地球色になったように。
そして不変や永遠はないのです。「ずっと一緒よ」と言ってくれた彼女は、別のものが好きになり、自分とのお別れを選んだのですから。
自分だって――地球色に染まったことにより、彼女のことを忘れていました。
しかしそうやって、生き物は、魂は、世界は変わっていくのだと、人形はまた気付いて。
――まだ変わらないうちに、何か別のものに染まってしまう前に、世界の今を見てみようと、その場から去っていきました。
【終】
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