2人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
紡がれていく縁
女性の買い物に付き合うのは何年ぶりだろう。唐沢は考えようとして、その対象がすぐに恋人であったことに気づいてやめた。
和泉は朝から上機嫌だった。
たった数日の付き合いとはいえ、ずいぶん懐かれたものである。
人と深く付き合おうとは思わない。面倒くさいから。厄介事に巻き込まれるのは嫌だから。
だけど寂しくはない。自分でそうなるようにしていることを自覚しているから。
それなのに、なぜか俺は和泉の買い物に付き合っている。
人から見て、俺と和泉の関係はどのように見えるのだろうか。
四十手前の俺と二十歳前の娘。年齢差は二十までいかないが近い。
親子関係。年の離れた親戚。悪意のこもった見方をすれば援助交際と思われても仕方ない。まあ、俺はどう思われてもかまわないが。
「唐沢さん、こんな感じのはどうですか?」
和泉は白いブラウスを手にとって、自分の体にあてがって見せた。
「自分の好きな服を選べばいいじゃないか」
「唐沢さんに買っていただくからには、唐沢さんが納得したものを選びたいんです」
なんだかよく分からない理屈だった。
唐沢は改めて和泉を見た。端正な顔ですらっとした体型の和泉なら、どんな服でも着こなすことができそうだ。だけど、特に清潔感のあるシンプルな服が似合う気がする。実際、初めて出会った時のデニムのジャケットと黒のパンツなんかはよく似合っていた。
「寒色系のクールな感じも良いけど、暖色系の柔らかい感じも、和泉なら似合うと思うよ」
自分の服にすら無頓着なのに、他人の服について的確な論評などできるはずがない。だけど、和泉は素直に受け入れているようだった。
和泉を花になぞらえるとしたら何になるだろう。
唐突に思った。これも恋人の影響である。恋人は海が好きで、そして花も好きな人だった。だからだろうか、人をよく花になぞらえていた。そして同時に、花言葉もよく教えてもらった。
中でも俺が一番気に入った花がデルフィニウムという青い花だ。これは結婚式のブーケにも使われたりする花で、花言葉は『貴方は幸せをふりまく』である。
数年前、入院していた高齢で末期がんの姑が口下手な家族の嫁から贈られていて、その意味を雑談がてら教えたことがある。意味を知った姑は布団の中で涙を流していた。
次に印象に残っている花が向日葵である。これは恋人そのものと言っても良い花で、意味は『情熱・憧れ・あなただけを見つめる』だ。太陽に向かって咲く花。いつだって元気で、傍にいるだけで力をもらえるような強さがあった。
そうなると和泉は何になるのだろう。
頭の中に芍薬が浮かんだ。平安時代の書物にも登場するボタン科の花で、その根は漢方薬として古くから使われている。病院で薬を処方する立場の唐沢にとっては相性の良い花である。
花言葉は何だっただろう。なぜかすぐに出てこない。でも、調べれば彼女にピッタリの言葉が出てくるような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!