紡がれていく縁

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 そろそろ買う服が決まったかと思って様子を見に行くと、和泉は俺の知らない三十代前半くらいの男と雑談していた。  店の人ではなさそうだ。友達か知り合いだろうか。 「あ、唐沢さん」  男との会話を終えて和泉が戻ってきた。 「知り合い?」 「いいえ。知らない人でした」 「ん?」  和泉は男から渡されたばかりの名刺を唐沢に見せた。嬉しそうだ。 「芸能プロダクション?」 「スカウトされちゃいました」  聞いたことのない事務所だった。そもそも芸能関係に詳しいわけではないので、知ってる事務所なんて皆無だが。  それにしても、和泉は突然知らない男に話しかけられて警戒心を持たないのだろうか。簡単に詐欺に引っかかってしまいそうだ。唐沢は別の意味で和泉のことが心配になった。  さて、買い物が終わったのでランチにする。  何か食べたい物があるかと聞いてみたが「なんでもいい」というので、昼間からやっている『とりとん』という串物のお店に入った。何度か足を運んだことのある焼き鳥とモツ焼きの美味い店である。  唐沢としてはシャリキンのレモンサワーをお勧めしたいところだが、和泉は未成年なのでオレンジジュースを注文する。  二人の前には赤と緑と黄の三色の薬味がそれぞれ置かれた。 「赤がニンニク味噌で、緑が青唐辛子、黄色が辛子味噌です」  店員さんが説明してくれた。  チョイスしたモツ焼きは『とろはつ』と『上たん』と『はらみ』と『かしら』だった。適当である。部位を見ても食感や味覚はイメージできない。医学的アプローチから部位や器官の説明はできるが、それをここで披露しても彼女は喜びはしないだろう。 「美味しい!」  焼き鳥を食べたことはあっても、モツ焼きはないようだった。  豚は脂が美味い。脂に味はないが甘味や塩味などの味覚を強化してくれるという。  はまぐりも頼んでみた。食べごたえのありそうな大きなはまぐりが一つ出てきた。 「たまごかけご飯なんてどうだ? 少し変わった食感が楽しめるぞ」  薦められるがまま、和泉はたまごかけご飯を注文した。  たまごの白身をメレンゲ状にしてバターご飯に盛りつけ、バーナーで少し焦げめを入れてから出す。黄身は別皿に入っていた。 「これがたまごかけご飯!」  以前晴海と一緒に飲んでいた時に相席した住倉さんの反応と同じ反応を和泉も見せた。  喜びを伴う驚きを提供するのは楽しい。 「あ、唐沢さん」  支払いを済ませて店を出ると、唐沢は背後から呼びかけられた。  誰かと思って振り向くと、そこには布施晴海の息子の優也が見知らぬ女性と一緒に立っていた。 「唐沢さん、ですよね?」  今度は女性の方からも名前を呼ばれた。優也から教えられたわけではなさそうだ。以前何処かで会ったことのある人だろうか。  記憶を探ってみてもすぐには出てこない。 「藤枝(ふじえだ)美花(みか)です」  晴海の妻の美雪さんはかなり前に交通事故で亡くなっている。美花さんはその美雪さんの妹だった。
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