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炎を操る少女
まさか家まで連れ帰ることになるとは。
唐沢はいつもの自分らしくない自分に戸惑いを隠せなかった。
いったい彼女のあの力は何なんだ。自然発火能力のある人間なんてフィクションの中でしか聞いたことがない。
そもそも自然界で物が燃えるのには三つの条件が必要である。酸素と熱と可燃物だ。
その中で、酸素は地球上のどこにでも存在しているので除外するとして、残りの熱と可燃物を彼女はどこから調達しているのだろう。
可燃物の存在は彼女の掌の上に火が灯った時に何も確認できなかった。可燃物がない状態で火が灯ることはない。燃える物がないからだ。いや、もしかしたら気が付かなかっただけで、実際には目に見えない何かがあったのだろうか。
例えば、可燃性物質としてはリンが挙げられる。リンはマッチの主材料として利用されるくらいに発火しやすい物質であり、それは人体にも含まれている。人体の中のリンを掌の上に集めて急激に圧縮してその圧縮熱によって発火させる。そのようなことができれば可能かもしれない。
いや、常識的に考えて無理だろう。
唐沢は頭を振って考え直した。
シャワーを浴びて出てくると、和泉はリビングのソファに座って、先ほど俺が淹れてやったココアをまだゆっくりと飲んでいた。
助けたばかりの時は、自分から色々と話してくれそうな雰囲気だったのに、一旦落ち着いてしまったら、またダンマリを決め込んでいる。
こちらから尋ねないとダメということだろうか。
唐沢は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、すぐにプルタブを引いて口をつけた。
喉を伝って流れていく炭酸の刺激が心地よい。
「お前も飲むか?」
「いや、大丈夫です」
そういえば未成年だった。
成り行きだったとはいえ、俺は未成年の少女を部屋に連れ込んでしまったことになる。事情を知らないものが今の状況を見たら、四十歳手間の中年の男が若い娘をナンパして連れて来たと思われても仕方ないのではないか。
まったく俺は何をしているんだか。
唐沢はまだ少し湿った髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「可愛い人ですね」
「ん?」
和泉がテーブルの端に飾ってある一枚の写真を指差した。
写真には大学生だった頃の恋人が俺と一緒に写っている。俺の友人の布施晴海が撮ってくれたものだ。
写真嫌いの俺が渋々彼女と一緒に収まった唯一の写真でもある。
「当時付き合っていた恋人だ」
「別れちゃったんですか?」
「亡くなったんだ」
「ごめんなさい」
和泉は申し訳なさそうに俯いた。
別に謝るようなことではない。それよりもいま問題なのは、目の前にいる和泉のことである。
さて、どうしたものか。
「とりあえずシャワーを浴びてこい。お前が着れそうな服を出しておいてやるから」
唐沢は精一杯の優しさを込めて言った。
山の中で転んだりでもしたのか、和泉の背中や尻にはまだわずかな泥や枯葉くずが付着していた。きっと汗もかいていただろうし、もしかしたら、あちこちに怪我をしているかもしれなかった。
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