炎を操る少女

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 ネイビーのフリースの上下があったので和泉に貸してやることにした。少し大きいかもしれないが、いつまでも汚れた服を着ているよりかはマシだと思う。  和泉は何の抵抗もなく俺のルームウェアを着てシャワーから戻って来た。やはり少し大きかったか。だぶついている。 「本当に色々とありがとうございます」 「一々礼を言わなくてもいい。俺が勝手にやっていることなんだから」 「優しいんですね」 「これでも医者だからな。多少は奉仕の精神を持っていないとやっていられない」  我ながら適当なことを言っていると、話しながら自分でも思った。  シャワーを浴びてスッキリしたのか、和泉の表情はほんの少し明るくなったような気がする。やはり女の子というのは落ち込んだ顔でいるよりも笑顔でいた方が良いと思う。まぁ、俺の勝手な持論だが。 「怪我とかはしてないか?」 「擦り傷なら少し」  和泉がフリースの右袖を捲り上げると、肘から手首付近にかけて大きな擦り傷ができていた。これは痛そうだ。  常備薬を入れてある引き出しから消毒液やガーゼを取り出してきて、和泉の腕を治療し始める。  ナンパ男に腕を掴まれた時に痛そうにしていたのは、擦り傷の部分を握られていたせいでもあったようだ。 「いつからなんだ」  唐沢は和泉の腕に治療用のガーゼを貼りながら尋ねた。 「あの不思議な力を使えるようになったのは?」 「小学校に入る前くらいからだったと思います」 「突然、なのか?」 「はい」  人体実験が原因とかではなかったようだ。生まれつきということは父親か母親の血筋なのだろうか? 炎を操ることのできる一族なんて聞いたことがないが。 「お父さんやお母さんなんかも炎を出せたりするのか?」 「いいえ。私だけです」 「君だけ?」  突然変異というやつだろうか。だとしたら両親は相当困惑したことだろう。  和泉の表情は再び曇っていった。 「幼かった私は、何にも考えずに掌の上に炎を出したり消したりして遊んでいて、それを何の躊躇いもなく父さんに見せました。驚かせてみたかったし喜んで欲しかったから。だけど、父さんの反応は予想外のものでした」  端正な和泉の顔の目に涙が浮かぶ。 「魔女って言われました。父さんに。とても優しかったのに。大好きだったのに。そして、それからすぐに両親の離婚が決まって、私は母さんの実家で暮らすことになりました。  パタンって閉まったんです。父さんが出ていったドアが。あの時の事は、今でもはっきりと覚えています」  生きていれば出会いもあるし別れもある。どんなに愛しい人がいたとしても予期せぬ別れが訪れたりする。そしてその原因がもし自分に由来するものであったとしたら、その衝撃はとても大きい。  だけど、それは仕方がないことだと思う。因果の原因や結果なんて誰にも予測ができないのだから。  時計を見ると、もう午前零時をまわっていた。  唐沢は立ち上がって和泉の頭を優しく撫でた。まだ若い、艶のあるサラサラの髪をしている。  人生を悲観する必要なんてない。人生なんてものは、これから自分の力でいくらでも好きなように変えていけるものなんだ。 「よく話してくれたな、ありがとう。今日はもう遅い。俺のベッドを使っていいからもう寝ろ。明日のことは明日考えればいいんだから」  自分なりに精一杯の優しい言葉をかけてやったつもりなのに、なぜか和泉は本格的に泣き出してしまった。
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