炎を操る少女

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 今日の朝ごはんはベーコンエッグトーストとブラックコーヒーだった。  フライパンでまずベーコンの片面に焼き色を付けてからひっくり返し、その上に玉子を落とす。  ジュクジュクと玉子に火が入っていく音を聞きながら、コーヒーの用意を始める。  コーヒーはどこのスーパーでも売られているありきたりのものだ。でも、一応ドリップタイプのお湯を少しずつ注いで淹れていくものをいつも選んでいる。  コーヒーは香りが良い。  すべての食品には、見た目と香り、食感や味などがある。すなわち視覚と嗅覚と触覚と味覚だ。  しかし、その四つもの感覚による喜びがあるのにもかかわらず、忙しくなると人はそれをおざなりにする。  それぞれの感覚を通じて感じられる喜びよりも、ただ空腹を満たすための間に合わせの食事をしようとする。それは別に悪いことではないが不幸だと思う。  ゆっくり食事を採ること。そして食事を楽しむこと。別に高価な食事でなくても、気持ちさえ整っていれば、それはいつでも行える。 『どんなに忙しくても、一緒にゆっくり食事をする時間が持てるなら、私たちは大丈夫よ』  唐沢は、恋人(かのじょ)が生前に残した言葉を、自分と和泉の二人分の朝食を用意しながら思い出していた。 「美味しいです」  和泉の反応はストレートだった。  別にたいした物を作ったわけではないが、喜ばれると少し嬉しい。 「コーヒーの砂糖とミルクは自分で入れてくれ」 「ありがとうございます」  和泉は、砂糖をスプーン一杯分、ミルクをたっぷり入れてかき混ぜると、コーヒーを飲んだ。  唐沢はブラックコーヒーを好む。香りが食欲を刺激して、苦みが眠気を殺してくれるからである。  カリカリのベーコンと中までしっかりと火の通った目玉焼き、そして温かいトースト。味付けは、もちろん塩と胡椒。  なんだか久しぶりにゆっくりと食事をしているような気がする。もちろんそれは客人として和泉がいるからだが、昨日までの俺はその日にやらなければならないことに追われていて食事を楽しむことなんてできていなかった。 「どうしたんですか?」 「いや、何でもない」  不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる和泉の視線をかわし、唐沢は残っていたベーコンエッグトーストを口の中に押し込んだ。  なぜだろう。昨日から恋人(かのじょ)のことばかりを思い出してしまう。もう亡くなってから十年以上も経っているというのに。  財布から紙幣を三枚ほど取り出してテーブルの上に置いた。  きょとんとしながら和泉は紙幣を見つめた。 「昨日着ていた服は洗ってある。そのカネで新しい服を買ってきてもいいし、何か食べたい物を買ってもいい。頼れる人や場所があるなら、そこまでの旅費にしろ」  もう少し付き合ってやりたいところだが仕事がある。帰りは多分遅い。  彼女が出ていくのならそれでもいい。俺は保護者ではないし、友達や恋人でもないのだから。 「お金はいりません。ただ服が乾くまで、この部屋においていただけませんか?」  和泉は着替えを持っていない。今も昨夜俺が貸してやったネイビーのフリース姿だ。男物のだぶついたルームウェアを着てショッピングをするのは、さすがに抵抗があるか。 「別にかまわないよ」  唐沢が素っ気なく答えると、まるで花が咲くように和泉の顔に笑みが広がった。 「私、夕飯作って待ってますね」
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