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独り暮らしの自分の部屋の明かりが点いているというのは妙な気分だ。
恋人が亡くなってから部屋に来たのは友人の布施晴海くらいである。自分の交際範囲が狭いことは分かっている。だけど、それで困ったことや不安になったことはない。
人の気持ちとは不思議なものである。誰かが傍にいてくれないと不安で仕方のない者もいれば、俺のように独りを好む者もいる。
騒がしいのに安らぎを感じる精神は、独り暮らしにすっかり慣れてしまった今では、よく分からない。晴海に言わせると俺の部屋は静かすぎるらしい。テレビもつけず、ラジオや音楽も流さない静寂の空間。テレビやオーディオ機器類を持っていないわけではない。必要でない時に不要な物が動いているのが好きではないだけだ。
さて、夕飯というのは何だろう。
今日は幸運にも早く帰ることのできた。なんとまだ午後八時である。急ぎではない書類を明日にまわしてきたというのもあるが、早く帰ろうと思えば帰れるものだ。
「えっ」
ドアを開けると、まるで靄がかかったかのように全体が白かった。
なにやら焦げ臭い。
何が起きた? 火事か。まさか和泉の力が原因なのか。
「和泉、どうした! 無事かッ!」
唐沢は乱雑に靴を脱いで室内に入っていった。
煙りの発生源はキッチンのガスコンロである。とりあえずコンロの火を消して、動いていなかった換気扇を起動させる。フライパンには少し前まで食べ物だったと思われるものが入っていた。
「けほっ、けほっ!」
徐々に薄れつつある煙りの中から和泉が現れた。
「あ、お帰りなさい」
その手には洗濯物が握られている。どうやらフライパンを火にかけたままベランダで洗濯物を取り込んでいたらしい。
「危ないだろ」
「ハンバーグを焼いていたんだけど」
「これはもうハンバーグではない。……炭だ」
唐沢は断言した。さすがにこれはもう食べられない。
和泉はショックを受けた。
「最初の一枚は上手に焼けたのに」
やれやれ。自分の掌から火を出すことはできても、料理の火加減まではコントロールすることができないようだ。
「ご飯は炊けているんだけれど」
おかずがないか。味噌汁はインスタントがあるからそれで済ませるとして、他はどうするか。
戸棚を開けると、いつ購入したのかさえ覚えていないチャーハンの素があった。粉末タイプのもので消費期限もまだ三ヶ月ほどある。
「玉子もあるし、チャーハンでも作るか」
唐沢はさっそくチャーハン作りに取りかかることにした。
食材を駄目にしてしまって申し訳ない気持ちがあるのか、それとも俺の作るチャーハンに興味でもあるのか、和泉は俺が調理している様子をじっと眺めていた。
三十分後、食卓にはチャーハンと味噌汁と一個を半分にしたハンバーグがそれぞれ並んだ。
唐沢は缶ビール、和泉はお茶で、乾杯する。
「お疲れ様でした」
さっそくハンバーグを食べてみた。とりあえず中まで火は入っている。しかし、これは少し焼きすぎではないだろうか。
「うん、美味いと思う」
「ありがとうございます」
和泉は微笑んだ。
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