炎を操る少女

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「そういえば家には連絡したのか?」  唐沢はなるべくプレッシャーを与えないように素っ気なく聞いてみた。  にわかに和泉の表情は強張っていった。まったく分かりやすい娘である。今時の高校生の方がまだ上手に嘘をつく。 「おいおい、それじゃ俺が未成年を拉致監禁している誘拐犯になっちまうじゃないか」  笑いながら冗談っぽく言ってみた。  実際には、善意による保護だったと主張しても親権を持った者に訴えられたら俺は負けるだろう。そんなことは彼女を部屋に招き入れてしまった時から分かっている。かといって、このままの状況を続けていいはずがない。 「ごめんなさい。迷惑ですよね」 「そうじゃない。ただ、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないだろう? 別に逃げるななんて言わない。どうしようもないのなら、いくらだって逃げてもいいと思う。だけど生きているかぎり現実からは逃げられない」  ちゃんと前を向くこと。それは意外と難しい。世の中にはそれができずに前を見ないようにしていたり斜に構えたりしている者もいる。 「とにかく、親や保護者がいるのなら連絡しておけ」 「わかりました」  和泉は一応納得したようだった。  しかし、これで一件落着にはならないだろう。そうでなければ何の荷物も持たずに夜の山中に一人でいることなんてありえない。  あの辺に何かあっただろうか。昼間手が空いた時に少しケータイで調べてみたが何も分からなかった。 「あの山の中で何をしていたのか、そろそろ話してもらえないか?」  考えたり調べたりしても分からないことは本人に直接聞いた方が早い。唐沢は思いきって尋ねてみた。 「研究施設があったんです。非公式の、いくつかの国と取引しているみたいでした」 「研究施設?」 「お婆様に治療の一環だと言われて、家に知らない人たちがやって来て、半ば強引に連れて行かれたんです」 「そんな施設があったのか」  確かに和泉の力は特殊なものだ。研究対象にして検査や研究を重ねていくことで、何か社会の役に立てる技術が生み出せるかもしれない。  しかし、それには少なくとも二つの問題点があるような気がした。  一つは和泉本人が研究内容に同意していないこと。そしてもう一つは、その研究施設が非公式であることだ。  人に知られないように行う研究は健全とは言えない。技術が軍事に転用されても分からないし、多国籍との取引をしているのなら、尚更である。 「お婆様か」  和泉がお婆さんやお婆ちゃんではなくお婆様と呼んでいることから、和泉の祖母が一癖ありそうな人物であることは推察できた。  和泉の身を心配しての行動か。それとも何か別の思惑があってか。  いずれにしろ、ただ和泉が家に帰れば全て丸く収まる話ではなさそうだった。 「ん?」  ふと我に返ると、和泉が不安そうにこちらを見ていた。 「明日も仕事だが明後日は休みの予定だ。嫌じゃなければ、まだココにいてもかまわないし、明後日なら買い物に付き合ってやることもできる」  和泉は相変わらずの分かりやすい反応を見せた。 「その代わり家に連絡は入れておけ。お婆様はともかく、お母さんは心配してくれるんだろう?」  四十手前の年齢の唐沢だが、いまだ独身で子供はいない。しかし、もし彼に年頃の娘がいたとしたら、きっと和泉と同じように接していたことだろう。  唐沢は親の大変さを少しだけ理解できたような気がした。
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