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 レベッタがこの国を去ってから数週間後、昼過ぎの郵便で一通の手紙が届いた。送り主はもちろんレベッタで、消印には愛情の国の番号が記されていた。  僕はすぐに封筒を開けて便箋をテーブルに広げた。三枚にも及ぶ手紙には、人がとにかくたくさんいること、新しい居住地と仕事が見つかったこと、そして、同居の相手が見つかったことが書かれていた。  彼女は早々に寂しさから開放されたらしい。僕は彼女が初めて書いたであろう歪な文字を指でなぞる。こうやって、手紙だけで続いていく関係も悪くないかもしれない。  封筒の中には手紙の他に数枚、紙に印刷された画像データも同封されていた。初めて見るが、おそらくこれは写真というものなのだろう。この国にも印刷をしてくれる場所があるらしいが、実際に使ったことはなかった。  一枚目はレベッタが住んでいる部屋の写真。なかなかに古そうな部屋だったが、ちゃんと掃除が行き届いており、住み心地は悪くなさそうだった。  二枚目は外の景色。愛情の国の一角なのだろうか、人々が思い思いに体を寄せあって歩いているのが印象的だった。  三枚目はカプセルの写真。これは恐らく食事代わりのカプセル錠だろう。外の国の人間はほとんど料理を食べないとなにかの本で読んだことがある。料理ができるアンドロイドはいるが、人々の往来が多いため、安全に食料調達ができないというのが主な理由だった気がする。自分で料理がしたいという物好きな人間以外は、必要な栄養素を効率よく摂れるカプセル錠を摂取していることがほとんどらしい。  写真の後ろには〝ゴハン食べてないのにほんとにお腹空かない! フシギだ!〟と、レベッタの字で書きなぐられていた。  手紙と写真も見終わり、ぼんやりと返事を考えはじめる。しかしすぐに、便箋と封筒を用意していなかったたことに気が付く。  僕はすぐに思い立ち、A区の雑貨屋へ行くことにした。 「コハル」 「いかがなさいましたか」 「ちょっと出かけてくる」 「本日は夕方から雨との予報です。お気をつけていってらっしゃいませ」 「ありがとう。でも、すぐに戻るよ」  僕は適当にコートを羽織り、少しでも雨に降られる確率を下げるため、足早に雑貨屋へ向かった。  雑貨屋のドアを開けて早々、店の奥からミィの明るい声が聞こえた。僕はなにも言わず、入ってすぐのところにある文房具コーナーを物色した。  便箋も封筒も、思っていたよりたくさんの種類がある。どれがいいものかと迷っていると、すぐ後ろからミィの声が聞こえてきた。 「レタさんだ! こんにちは!」 「こんにちは」  僕は振り返ることなく挨拶を返した。 「なにかお探しですか?」 「便箋と封筒を探しているんだけど、種類が多くて悩んでる」 「なるほど……。もしかして、幼なじみさんですか?」  僕は思わず振り向く。 「正解。というか、幼なじみのこと話したっけ?」 「はい。先月お店に来たときに」 「そっか……」  そうなると、ミィが知る僕の人間関係はヒィカとレベッタだけなので、消去法で幼なじみに行きつくのは当たり前かもしれない。ただ、もし僕にたくさん友人がいると伝えたとしても、彼女は言い当ててくるような気がした。 「その幼なじみさんって、女性ですか?」 「そうだね」 「レタさんはよくお手紙とか書くんですか?」 「いや、初めてかな」 「何区に住んでいらっしゃるんですか?」 「もういないんだ。このあいだ、外の国へ行ってしまった」 「そうなんですね……」  ミィはレベッタと別れた日の僕よりもはるかに悲しそうな表情でつぶやいた。彼女の勘のよさに感心をしているあいだに色々聞かれたが、あまり不快感はなかった。そういえば、初めてこの店で会ったときも同じような印象を抱いた気がする。 「外の国に送るなら、封筒は丈夫なやつがいいですね。でも女性なら、これとかどうです?」  ミィが差しだしてきたのは、可愛らしいキャラクターがあしらわれたメルヘンチックな封筒と便箋のセットだった。 「これはちょっと……」  苦笑いが自然とこみ上げる。僕もレベッタも、文房具に限らず絵の入ったデザインは好きではない。これは自分で決めなくてはと思い直し、急いで質素なデザインのものを選んだ。 「かわいいほうがいいですよ」  僕の選んだ封筒と便箋を見て、ミィは不満気につぶやいた。 「いや、これくらいが彼女にもいいと思う」 「うーん、そうですか……。かしこまりました」  ミィは意気消沈して僕から封筒と便箋を受け取った。しかしすぐに表情を戻して顔を上げる。 「あ。お手紙を書くのが初めてなら、ペンもないんじゃないですか?」 「確かに、そうだね」  そういえば、手書きで文字を書くのは数年ぶりだった。レベッタの手紙を読みながら、読みづらい文字がいくつかあると思ったが、あまり人のことは言えないかもしれない。  僕は近くの棚から適当にペンをとり、ミィに渡した。 「以上でよろしいですか?」  僕は首を縦に振って返事をする。ミィはなぜか上機嫌でレジまで行き、商品の値段を計算する。商品数は少ないものの、このあいだよりも明らかに練度があがっていた。 「お支払いはカードですか?」 「うん」  ミィは僕からカードを受け取って機械に読み込ませる。その数秒の時間を使って手際よく袋詰めを終わらせた。 「仕事にはもう慣れた?」  僕は彼女の適応能力に感心をして、つい話しかけてしまった。 「はい。細かい作業が結構好きなので、楽しいです」  ミィはにこにこしながら僕にカードを返した。 「あの、レタさん」 「なに?」僕はカードをしまいながら答える。 「レタさん、このあとお手紙書くんですよね?」 「そうだけど」  ミィの方を見ると、彼女は僕が買った商品の袋を胸に抱いていた。 「お手紙書くの、初めてなんですよね?」 「そうだね」 「なにを書くか、もう決まってるんですか?」 「まだ決めてないけど、どうして?」  僕は手をだして商品を渡してくれというジェスチャーをした。  しかし、ミィは袋を抱いたまま僕のことを見つめていた。 「私、思うんです」ミィはにっこりと笑った。「初めてレタさんがお手紙を書くのなら、レタさんのお手紙を受け取る人も、初めてのことじゃないですか」 「そうなるね」ミィの芝居がかったセリフにほんの少し不快感を覚える。こういうとき、大抵の人間は身振り手振りで自分の通したい主張をごまかしていることが多い。 「初めてなんだから、特別なものにしたくありません?」  特別、という言葉に既視感を覚える。レベッタが僕に言った言葉だ。 「特別……。でも、通常を知らないから、なにが特別か分からない」 「そこで私です」  ミィは鼻を鳴らした。意味が分からず黙っていると、ミィはくすくすと笑い始めた。 「私、お手紙たくさん書いたことがあるんです。レタさんの伝えたいこととか、メッセージをこう、ばっちりプロデュースできますよ」  言葉の使いどころは少し間違っているが、なんとなく彼女の言いたいことが分かった。初めて書く拙いであろう僕の手紙の質を上げる手伝いをしたい、ということらしい。 「レタさんから貰う初めての手紙が、とっても凝ったものだったら、幼なじみさんも喜ぶと思うんです」  そう言われると、確かにミィの言うとおりかもしれない。おそらくレベッタは僕から届く手紙に大した期待はしていないだろうし、いいサプライズになる気もした。 「どうプロデュースしてくれるの?」  ミィは今まで見たなかで一番まぶしい笑顔になった。 「いいんですか?」 「無理のない範囲でね」 「そしたら、私このあとすぐ上がるんです!」ミィは持っていた袋を僕の両手に握らせた。「近くにカフェ、分かりますか? あそこに集合しましょう! 引き継ぎが終わったらすぐに行くので、絶対に待っててください!」 「だけどこのあと……」 「そうと決まれば、私もペンとか買っていこうかな」  このあと雨が降る予報だと伝えたかったが、もうミィに僕の声は届いていないようだった。
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