2/3
前へ
/28ページ
次へ
 引き継ぎを早く終わらせたいとミィに言われ、半ば強制的に店の外に追い出される。普段の僕であれば、こんな扱いをされれば黙って帰るのだが、あいにく今回はレベッタに手紙を書かなければならない。僕は改めてミィに言われたことを思い返しながら、近くの喫茶店に向かった。  無理やりな部分はあるものの、ミィの意見には妙な説得力がある。語り口も理由の一つかもしれないが、重要なところでしっかりと筋が通っているように思える。僕が思っているよりもずっと、彼女はロジカルな人間なのかもしれない。  そう考えると、僕の周りには感情と言動が紐付いている人間が集まっている気がする。レベッタとヒィカ、二人にどこか似通った部分を感じるのは、このせいなのかもしれない。逆に、ミィは二人とはまた違う感性の持ち主のように思えた。  このことについてもっと考えてみたい気もしたが、待ち合わせ場所の喫茶店がすぐそばに迫っていたので一旦考えるのをやめた。  喫茶店のドアを開けて、空席しかない店内に足を踏み入れた。いつもの窓際の席に座り、いつもと同じ注文をする。  最近少しだけ風味が変わった水を飲みながら、テーブルに下書き用の便箋を広げた。  ミィが来るまでにある程度考えておきたいと思ったが、最初の挨拶を書き終えたところで筆が止まってしまった。メッセージと同じ要領で書けるのではと高をくくっていたが、どうやらまったく違う脳みそを使うらしい。  とはいえ、ここで手を止めていては、プロデューサーも困ってしまうだろう。僕はレベッタの手紙を取りだして、改めて読んでみる。  レベッタは主に新生活に対する期待と不安、この国と愛情の国の違いについて書き記していた。写真も内容に合ったもので、手紙の内容がより明確にイメージできるような構成になっている。さすが、元々ライターの仕事をしていただけのことはある。  彼女の真似事ではあるが、写真を送るのはいいアイデアかもしれない。どんな写真を送ればレベッタは喜ぶだろう。  まず思い浮かんだのは、僕たちが最後に会ったあの公園だった。しかし、いきなりそれを送るのはなんだか不躾なようにも思えた。  次に浮かんだ場所は学校だった。あそこにはレベッタも思い出があるだろうし、きっといつでもこの国のことを思い出せるだろう。  そこでふと、レベッタはこの国で過ごした時間を思い出したいのだろうか、という考えが頭をよぎる。彼女はこの国が嫌になったから出て行ったのだ。それなのに、この国のことを思い出させる写真を送るのは正しくないような気がした。  結局、どんな写真を送るべきなのかも分からなくなってしまった。 「お手紙書けました?」  頭を上げると、にこやかな表情をしたミィが僕の手元を覗きこんでいた。 「考え中」  自分の体たらくっぷりに恥ずかしくなり、挨拶まで書き終えた手紙を折ってテーブルの端に寄せた。 「幼なじみさんは、どこの国に行かれたんですか?」  ミィは小さなカバンをイスの背もたれに掛け、慎重な動作で腰掛ける。 「愛情の国」 「へぇ、愛情の国」ミィは驚いた様子だった。「この国で育っていたら、とっても勇気がいる場所ですね」 「そうかな?」 「急に関わる人が増えるわけじゃないですか。慣れないことだらけですよ、きっと」  それはどこに行っても同じように思えたが、今のミィの話を聞いて、少しだけ手紙に書くことが見えてきた気がする。  ミィは便箋と見つめ合う僕をよそに、注文を済ませた。 「レタさんは、その方に報告したいこととかないんですか?」 「報告?」 「例えば、幼なじみさんがいなくなってから起こったこととか、始めたこととか……」 「うーん、とくにはないかな」 「なるほど」ミィはうなずく。「幼なじみさんとは結構会ってたりしたんですか?」 「そうだね。ここ最近では一番会ってた人かな」 「それじゃあ、今更話すこともないって感じでしょうか」 「確かに、その通りかもしれない」  ついさっき見えかけた糸口がまた消えた。もし引越し先での苦労があったとしても、レベッタであれば卒なくこなすだろう。僕が心配するまでもなさそうだった。 「見せていただかなくてもいいんですけど……」そう言って、ミィは僕の手元に置いてあった手紙を見た。「送られてきたお手紙は、どんな内容でした?」  僕は改めてレベッタの手紙を見る。 「えっと、この国と愛情の国の違いだとか、新生活のこととか……」 「なんだ。そこまで書いてあるなら簡単じゃないですか」  ミィは安心した様子で笑った。 「その違いに驚いてあげたり、新しい生活を応援してあげればいいんですよ」 「応援か、なるほど」 「あとは、写真を送り返してあげるといいかもしれませんね」 「そのことなんだけど」僕はレベッタから送られてきた写真を手に取る。「彼女はこの国が嫌になって出ていったんだ。だから、この国の写真は喜ばないと思う」 「え、違いますよ」 「なにが?」 「風景じゃなくて、レタさんの写真を送ってあげるんです」 「え、僕の写真?」驚きで声が上ずってしまった。「そんな写真送って、どうするの?」 「どうするって……。写真で見れば、レタさんとの思い出もよみがえるし、辛いときとかも励みになると思いますよ」 「そうかな……」 「そうですよ!」ミィは笑った。「私もよく、他の国に行った子に〝こっちは元気でやってるよ〟って意味で、私の写真を送ってあげたりしますよ」 「へぇ」  僕は思わず感心してしまった。その様子を見て、ミィはくつくつと笑いだす。 「レタさんて、面白い人ですね」 「それは、褒められてるの?」 「もちろんですよ!」  ミィは驚いた顔で言った。ヒィカ以上に、表情の引き出しが多そうだった。 「でも、僕の写真っていっても、どんなのを送ればいいんだろう」 「普通の写真が一番です」 「普通って?」  ミィは両手で作った長方形ごしに僕を見る。 「今のレタさんのままってことです」 「ふぅん……」  理由は分からなかったが、ここは素直に従っておいたほうがいい気がした。やはりミィが言うことには、妙な説得力がある。 「手紙の内容、決まりそうですか?」 「うん。君の言った通りに一度書いてみるよ」 「そうですか」  ミィはにこりと笑った。  僕たちは話題が一区切りついたことを察して、お互いに飲み物を口にする。限りなく近いタイミングでコップを置くと、すぐにミィが口を開いた。 「幼なじみさんとは、いつからのお付き合いなんですか?」 「学生のころからだから、十年以上になるかな」 「すごいですね」ミィは目を見開いた。 「そうかな」 「私にも学生のころからの友達はいますけど、そこまで長くは続いていないです」 「これから続くようになるよ」 「そのころには、お二人はもっと長く続いていますね」  予想外の切り返しに思わず笑みが溢れる。ミィは鏡のように微笑み返してきた。 「お二人が小さいときって、どんな風に遊んでたんですか?」 「子どものころってこと?」 「この国で子どもを見たことがなくて、ちょっと気になってたんです」  どうしてそんな質問をしてきたのだろう。という疑問が顔に出ていたのかもしれない。ミィはすぐに理由を付け足した。 「そうだね……」  僕は幼少時代を思い出す。あのころも今とそんなに変わらない生活をしていたように思う。パソコンで宿題をこなし、家事の手伝いをして、アンドロイドと会話をする。 「二人で遊んだりっていうのは、あんまりなかったかな。そういえば」 「え、そうなんですか?」 「本当に小さいころは学校終わりに公園で遊んだりもしたけど……。でも、高学年向けの授業が始まってからは、いつも彼女に勉強を教えてたから、あんまり遊ぶ時間はなかった」 「なるほど。学校で一緒だったんですね」ミィは納得したようにうなずいた。「登校されてたんですか?」 「親の教育方針でね。結果的に、幼なじみが一人できた」 「親御さんに感謝ですね」ミィはにこりと笑った。 「まぁ、確かにそうだね」  ミィと話していると、自分でも気付いていなかった価値や感情に気付かされる。彼女は自分の意見を述べているように見せかけて、相手が見えていないものを代弁する能力があるのかもしれない。それくらい、彼女の意見にはすんなりと同意することができた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加