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 僕の感心をよそに、ミィはゆっくりとため息をつく。 「そしたら、学校のない日はお一人でいたんですか?」 「大抵はそうだね。あとは、アンドロイドと話していた」 「アンドロイドと?」 「うん。学習型のアンドロイドで、いろいろと言葉を教えたり、教えてもらったりして遊んでた」  言ってみて、今の自分の生活と大して変わらないことに気が付いた。子どものころから、変化のない生活が当たり前になっていたのかもしれない。 「幼なじみさんとお話は?」  ミィは悲しそうな表情になる。きっと彼女の目には、寂しい幼少時代を過ごした人間が映っているに違いない。 「しなかったかな。でも、この国では普通のことだよ」 「そうですか……」ミィは悲しそうな表情のままカップに口をつける。「寂しい、とはならなかったんですか?」 「うん。寂しくはなかったかな」 「そうですか」  ミィは僕の答えに嘘がないことを察したのか、直前までの表情を少しだけ残しながら笑った。 「ミィは、話すのが上手だね」  僕は思ったことをそのまま口にした。ミィと話していると、ヒィカ以上の発見がある。 「そうですか?」ミィは照れたような表情をした。「話すのが好きだから、それのおかげかもしれませんね」 「僕も話すのは好きだけど」 「それは伝わってきます」ミィは笑った。「でもきっと、レタさんのしたい話は、人によっては難しく感じるのかもしれませんね」 「どういうこと?」 「こう、なんというか、着地点のない話とか、共感だけして欲しい話とか、そういうのは、レタさんあまり好きじゃなさそうだなって」 「まぁ……確かにそういう話は嫌いかな」  ミィはなぜか嬉しそうに微笑んだ。 「でも多分、レタさんの周りにいる人がしたいのは、そういう話ばかりですよ」 「なるほど」  僕は彼女が言っていることの意味が分からなかったが、適当に相槌を打った。 「レタさんは……」  ふと、ミィの後ろから通信端末の通知音が聞こえた。 「あ、ごめんなさい」彼女は急いで自分のカバンから通信端末を取りだした。「あ、もしもし……」  断片的に聞こえる会話から察するに、通話の相手はヒィカだろう。仕事から帰ってこない妹を心配して、通話をかけてきたようだ。 「お店で偶然レタさんと会っちゃって、今、お茶してる」  ミィはにやりと笑って僕を見たあと、すぐに驚いたような表情になった。 「え、今から?」  もう一度ミィと目が合う。なんとなく、ヒィカがここに来そうな予感がしたので、僕はゆっくりと首を振った。 「あ、でも、レタさんこれから用事あるから、解散するところだったんだけど」  明らかな嘘であったが、どうやらヒィカは信じたようだった。ミィは肩をなでおろして通信端末をしまった。 「お兄さん?」 「はい。レタさんといると言ったら、来たいって言いはじめて……」 「そっか。あまり心配させるのはよくないね」  僕はテーブルに広げていた便箋をまとめる。 「そうですね。そろそろいきましょうか」  ミィは僕の様子を見て察したのか、ゆっくりと立ち上がった。そのまま彼女が会計をしようとしていることに気付き、僕は慌てて店員にカードを渡す。 「そんな、悪いですよ」 「このあいだヒィカに出してもらったし」僕は店員から返されたカードをしまった。「あとは、手紙の授業料かな」  そう考えると少し安い気もしたが、ミィは納得したのか自慢気な表情になった。 「分かりました。そういうことでしたら、ごちそうになります」  喫茶店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。夕方というのもあるが、おそらくもうすぐ雨が降るのだろう。空は灰色になっていた。 「レタさんのお家、D区でしたっけ?」 「うん」 「じゃあ、私も途中までご一緒してもいいですか?」 「いいけど、雨が降りそうだから急ぎたい」 「確かにそうですね」ミィは空を見上げた。「ちょっと早足で帰りましょう」  僕らはそのまま、特に話すこともなくお互いの家の分かれ道まで歩いた。ミィは立ち並ぶマンションを見上げたり、時折僕の様子を伺っていた。僕は僕で、レベッタの手紙の内容を考える時間に充てていた。 「それじゃあレタさん、私はこっちなので」  ミィは少しだけ名残惜しそうに僕の隣を離れた。 「お気をつけて」 「レタさんも」  僕は適当に手を振って、その場をあとにした。  手紙の内容は、まだ決まっていない。次第に暗くなっていく灰色の空を見ながら、レベッタが喜ぶことを考える。  そしてすぐに、僕は人を喜ばせたことがほとんどないことに気付く。慣れないことをしているから、きっと上手くいかないのだ。  レベッタとの記憶を思い返してみると、彼女はいつも不機嫌そうで、僕の言葉にはあまり良い反応を示さない。僕の一挙手一投足が間違いだと言わんばかりの表情をする。  今思うと、とてもひどい記憶だと笑みが溢れる。ただ、それが彼女らしいとも思えるし、なにより、そんな彼女の表情が好きだった。  視界の隅に大きなモニュメントが入り、思わず足を止める。まっすぐ家に帰っているつもりだったが、どこかで道を間違えたらしい。  いつの間にか僕は、ひだまり公園の入り口に立っていた。  ここは、レベッタと会った最後の場所。そういえばあの日も、雑貨屋から帰る途中でここに立ち寄ったのだった。  僕はしばらく〝孤独〟と題されたモニュメントを見つめる。あのときと印象は変わらず、作品から孤独は感じ取れなかった。  レベッタはここから愛情の国へ行った。その道の先に、なにが待っているのだろう。どんな人に会って、どんな場所に行って、どんな人生を歩んでいくのだろう。  もちろん、僕には分からないし、知る資格すらないのかもしれない。  僕はこの先もこの国で、このままの僕で暮らしていくのだろう。それは静かでいることを選んだ成果でもあり、同時に対価でもある。  レベッタは、自分が払った対価に後悔はないのだろうか。  いや、後悔をしてでもこの国から抜け出したかったに違いない。誰もいない静かな生活よりも、たくさんの人と関わっていく生活のほうが、彼女が本来持っていた思想に近いものだったのだろう。  数年後、変わっているであろうレベッタを見て、僕はどう思うのだろうか。そして、全く変わっていない僕を見たレベッタは……。  水滴が頬を伝った。すぐにぱらぱらと雨が降ってくる。泣いているみたいで嫌だなと思いながら、僕は頬の水滴を拭った。
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