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「どうしてレタはこの国で生きていけるの?」 「どうしてって……。どうしてだろう」  僕は思ったことをそのまま口にする。 「寂しくないの?」 「寂しくないね」 「朝起きたら一人で、夜寝るときも一人なんだよ?」 「また、その話?」 「どうして寂しくないの? それって、孤独なんじゃないの?」 「孤独かもしれないね」 「じゃあ、どうして……?」  僕は星空を眺めながら考える。今日はいろいろと考えさせられる日のようだ。 「そもそも、孤独って寂しいのかな?」 「え?」 「僕にしてみれば、孤独ほど自由なことはないと思う。僕を縛りつけるのは、いつだって他人だから」  煙草の火がレベッタの口元にある。彼女は次の言葉を待っているようだった。 「誰かと一緒にいると、どうしてもその人との摩擦を減らすために自分から歩み寄らなきゃいけない。僕はその歩み寄った距離に、価値があるとは思えないんだ」 「どうして?」 「これは価値観の話だから、理解されないかもしれないけれど……。お互いが歩み寄ったところで、行き着く先に本当の自分はいないんだ。摩擦が限りなく無くなった中間地点は、本来の自分でいられる場所とはかけ離れているというか……」 「それじゃあ、今のレタがいる場所は、本当の自分でいられる場所じゃないの?」 「いや、僕は自分の場所から離れないから」 「それじゃあ、私といるときには摩擦は感じない?」 「僕はね。でも、レベッタはきっと違う」  レベッタはなにか言いかけて、黙ってしまった。 「レベッタは僕に歩み寄っているんだ。だからいつか、僕に近づいた分だけストレスとか、不満が募っていくと思う。そしていつか溢れて、僕にもっと歩み寄って欲しいって思うはず」 「歩み寄らなくてもいい方法はないの?」 「まったく同じ思想を持っていれば、できるかもね」 「思想が違ったら?」 「自分の思想を変えるか、相手の思想を変えるしかない。さっきと同じ話になるけど」 「そっか」  レベッタの手元から小さな煙草の火が落ちて、地面につく前に消えた。 「結局、孤独になるしかないのかな」  レベッタはため息のように煙を吐いて、煙草を地面に捨てた。 「ありがとう。レタのおかげで、素敵な夜になった」 「それは、僕の方こそ」  レベッタは僕の方を向いて、そっと手をとった。 「あったかいね」 「そうかな? レベッタの手のほうがあったかいと思うけど」 「ううん。レタの手、あったかい」  そう言って、レベッタは俯いた。 「ねぇ、レタ」 「なに?」 「今晩だけ、レタの部屋に泊まってもいい?」  僕の脳裏に、昼間レベッタに押し倒された映像がフラッシュバックする。そのまま僕は、反射的にレベッタの手を離してしまった。 「レベッタがどんなつもりで言ったのか分からないけれど……」  僕もレベッタと同じように俯いた。 「それは過干渉だ。僕にとって」  レベッタは一呼吸も二呼吸もおいて、やっと一言つぶやいた。 「そっか……」  レベッタの悲痛な声を聞いて、胸のあたりが締め付けられるような感覚になった。しかし、ここで同情して歩み寄ってしまえば、僕は僕でなくなる。この国で自分を守れるのは自分だけなのだ。それは、肉体や精神の話ではなく、もっと根本的な、性質の話。 「僕は、わがままなんだ。きっと」  自分でも分かるくらいに声が震えていた。 「今の自分が気に入ってるから、手放したくないんだと思う。そして、この国ならその生き方ができる」  レベッタはポケットから煙草を取りだして口にくわえ、ライターを僕に差しだす。レベッタの意図は分からなかったが、僕は黙って彼女の煙草に火をつけた。 「ありがとう」  レベッタは微笑んだ。 「ううん」  僕はレベッタのショートパンツのポケットにライターを返してやった。 「なんか、今日のレタの話を聞いて、いろいろ納得できたかもしれない」 「納得?」 「うん」レベッタはうなずく。「ごめんね。こんなところまで付きあわせちゃって」 「別に構わないよ」 「今日だけなら?」  僕は一瞬考える。 「そうだね。今日だけなら」  レベッタはさっきと同じような顔で微笑む。それは仮面のように、本音の上に張り付けた表情のような気がしてならなかった。  どうして彼女は、僕に干渉したがるのだろう。もしかすると愚問なのかもしれない。けれど、いくら考えても納得のいく答えは出なかった。ただ、それを彼女に尋ねるという行為が愚かであることだけは分かっていた。  僕は僕自身を守るために、沈黙を選んだ。優しい言葉をかけたい気持ちは本音だが、それは僕が守っているものを消費してしまう。けれど、レベッタを拒絶するような言葉は本音じゃない。  心と言葉が一致してないときは、なにも言わないほうがいい。幼少期から誰に言われるでもなく身につけた、自分を守る方法だった。  心にもない言葉を発したときに、初めて矛盾が生じる。そして、それを正当化するために取り繕う。誰かに矛盾を指摘されないために。自分の言葉が軽くならないために。  そうしていつしか、自分の言動は誰かの価値観に左右されていく。それらは遅効性の毒のように、じわじわと自分を蝕んでいく。  精神も、感性も、生活も、そして、生き方も。  だからこそ僕は、取り繕う必要のない孤独の国の思想に惹かれ、住みついている。  他人との非干渉。これは国の思想ではない。僕自身の思想だ。僕がそうありたいと思っていたところに、偶然この国があったのだ。  一人でいい。  一人がいい。  一人の集団のなかで、僕は生きていたい。 「レタ」  レベッタの声を聞いて顔を上げる。その声色には、どこか棘があるような気がした。 「今度はいつ会えそう?」 「さぁ」僕は考えるフリをする。「暇なときなら、いつでも」 「いつも暇じゃない」 「仕事と遊びの分別はついているつもりだけど」 「冗談」  レベッタは笑って僕の肩を叩いた。 「じゃあ、私帰るね」 「うん。気をつけて」 「それは、お互い様」  レベッタは手を振って、僕の元から去っていった。  僕はレベッタの姿が見えなくなるまで、ただ、立っていた。
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