前編

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    1  少女は、自分の住む街にそびえ立つ仕掛時計が好きだった。  その仕掛時計の人形達は、毎日午前十時と午後十二時、三時、五時になると動き出す。今は、十二時の公演が始まろうとしていた。小さなドアから飛び出してきたのは、玉乗りをするピエロ、火の輪くぐりをするライオンに、それを操る美女の猛獣使い。その上には綱渡りと空中ブランコ、そして一番前には、この一座を預かる団長がくるくると踊り、辺りには楽しそうなサーカスの音楽が鳴り響いている。  この一日四回のショーを、少女は毎日、一度も欠かさず見に来ていた。 「まったく、この子ったら、よく飽きもせずに……」  楽しそうに見上げている白いワンピース姿の少女の横に立っていた母は、今年五歳になったばかりの、まだ幼いわが子をチラリと見ると、そんな事を思って苦笑を浮かべた。たとえ母親と言えど、毎日四回もこの場所に付き合わされているのだから、そんな風に思ってしまうのも無理はなかったが、この仕掛時計は家からだいぶ離れた場所にあるので、一人で行かせるわけにもいかずに付き合ってやっていた。  もっとも、それだけが理由でもなかったのだが……  五分間の短くも楽しいショーが終わると、人形達は一礼して、仕掛時計サーカス一座は中へと戻っていった。 「楽しかったね」  少女は、まだ幼いその顔に満面の笑みを浮かべながら、仕掛時計を見上げていた視線をそのまま母に移した。母もその笑顔に答えて、そうね、と短く笑顔で答えた。  その帰り、少女は母と手を繋いで、紅葉が降るレンガ造りの並木道を小さくスキップを踏みながら歩いていた。時折、多少肌寒い風と共に、馬車がこの親子の横を騒々しく走り去って行く。
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