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電車を降りて、地上に出る。都会と言う程の人の流れは無いが、田舎には無い群生したビル群や大きな噴水を見るだけで心が躍る。
「こっちこっち!」
「はいはい、今行くよ」
彩夏が先導して前を進む。日差しがさっきよりも照りつけてきて、うなじに熱が篭ってくる感覚がある。雲の日傘も今日は無く、剥き出しの太陽をまた睨みつけた。
「彩夏の好きな水族館の魚って何?」
「ペンギンは魚に入る?」
「じゃあペンギンはノーカウントで」
「そうだなあ……強いて言うなら鮭かな。焼いても美味いし刺身にしても……」
「やっぱり食目的か……」
いかにも彩夏らしいなと思って、ふと『彩夏らしさ』って何だろうと思った。付き合って1年の、浅瀬も浅瀬の関係で、好きな物も嫌いな物もそんなに知らない。それは僕についても同様で、僕は何も彼女にさらけ出していない。
何も知らないのに、好きでいていいのか?
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
彩夏が物憂げそうに僕の顔を覗き込んで、悄然としていた僕の顔をさっき自動販売機で買った飲料水で殴打した。
「冷たっ!」
「熱中症は肉体が焼けたステーキみたいになるって講習会で言ってたからね。これ飲みなさい!」
差し出された水を僕は飲んで、彩夏に返す。
「美味しいでしょ?」
「もっと優しく渡して欲しかったな」
「次があったら考えとくね」
これは次も殴打してくるなと思った。彩夏の考えとくは、絶対何にも考えてない証拠だ。
「今は彼女とのデートに集中してね」
「……バレてた?」
「見逃すよ、今回だけね」
彩夏の表情が日差しに当たって蜃気楼みたいに見えなくなる。僕は何も知らないけど、意外と彼女は僕の事を良く見ている。
太陽だけが、僕達の関係を上で見下ろしている。睨む気は、今度は無かった。
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