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水族館に着いてキャッチーな魚のキャラクターに出迎えられて、彩夏は僕にツーショットを要求してきたから、仕方なくスマホのシャッターを下ろした。
「さかなん、めちゃくちゃ可愛かったね」
「食べたくなった?」
「あれは観賞魚だよ。食べると多分お腹を壊すね」
整理券を館員に見せて入場する。神秘的、というより非日常的な空間が目の前に広がっていた。図鑑でしか見た事の無い、食卓にしかいない魚が目の前で燦然と泳いでいた。魚なんて毎日見ている筈なのに、魚の泳ぎ方を初めて知ったみたいに感動してしまう。
「あれ?水族館来た事無いの?」
「実を言うと、本当に初めてなんだ。あんまり外出とかしたこと無くて……」
「じゃあ蒼太の初めて、貰っちゃったね」
愛嬌のある表情を僕に見せると、彩夏はガラスの向こう側に行って、手を振ってくる。
「クラゲも可愛いよ!」
白いワンピースにクラゲ柄が薄く入って、綺麗に見える。これが夏という短い季節で、その中の一瞬の思い出にしかならないのは分かっている。人間には知性があって、クラゲみたいに漫然と漂うだけの生物じゃない。
それでも彩夏の好きな物が1つずつ解かれて僕の目の前に現れる。『何も知らない』から『少し知ってる』に変わる時の安堵感を、今僕は感じている。
「蒼太、カクレクマノミいるよ!」
「今行くよ」
彩夏の色に染まっていくのが分かる。
漠然と、でも確かに。灰色のパレットが艶やかに、暖かい色に変貌していく。
僕はそれが、どうしても許せない。
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