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カクレクマノミを見た後、名前も知らないようなマイナーな魚を沢山見て、ふと彩夏のお腹が鳴った。
「ここレストランあるんだって!」
「それパンフレット情報?」
「いや、私の鼻がそう言ってる……!」
動物並みの嗅覚を使ってレストランを探し当てた、訳は無く水族館内の標識を見て辿り着いた。彩夏は最後まで自分が見つけたと言って聞かなかったが。
店内はレンガ模様の壁がよく目立ち、オシャレな絵画が飾られていた。大体が魚に関連した絵で、やけにリアルな画風だった。
僕はトマトピザを注文し、彩夏は鮭のクリームレモンパスタを注文した。僕もお腹が鳴ってきた。本当は何も注文しないつもりだったが、匂いが香ばしく、食欲のスイッチが入ってしまったのだ。
「彩夏、水族館で鮭を食べるって罪悪感凄くないか?」
「いや、寧ろ征服感があるね。ペンギンのホイル焼きが無くて残念な位だよ」
彩夏には良心という物が無いのかも知れない。スプーンとフォークを交互に机に打ち付けてワクワク感をアピールしている。
僕は今から、彩夏に嘘をつく。勉強に集中したいから、家族に反対されたから、君ともう居たくない。たった一言。この言葉で関係を終わらせる。人の縁なんて一言のハサミですぐに断ち切れる。
「あ……」
声が出ない。喉に想いが詰まって、呼吸すら怪しくなってくる。彩夏の絶望に満ちた表情を見るのも、心が軋んで二度と戻らなくなるんじゃ無いかと考えるのも。でもいつか別れは来る。多少恋人としての期間が短くなるだけだ。覚悟を決めろ。
「蒼太、顔色悪いよ?」
彩夏は僕の顔を右手で包んだ。熱があるか確認する行動だろう。ひんやりしていて冷たい。
「蒼太、その先は言っちゃダメだよ」
「……え」
「何となく分かるよ。9年前からずっと蒼太の事見てたからね。乙女の直感だよ」
左手も僕の顔に添えられて、首から汗が垂れた。
太陽のせいじゃない。
熱がある訳じゃない。
夏のせいじゃ、ない。
「前に蒼太、言ってたよね。どうして田舎から出ていきたいの?」
「……怖いから」
「何が怖いの?」
「……全部」
「私の事、怖い?」
「……怖い。優しすぎるから」
店内から音が消える。周りには僕と彩夏しか居ない。カトラリーを置く微かな音も、周りの談笑も耳に入ってこない。
「蒼太は今が幸せじゃないの?」
「幸せだけど、いつか壊れるから、怖い」
「じゃあ壊れるまで一緒にいようよ。それで壊れたらボンドでくっつけたら良いよ」
「……彩夏は優しすぎるんだ。君に相応しい人なんて沢山いるし、僕は駄目人間なんだ。君に釣り合う為に頑張っても、僕の上位互換が無限にいるんだ」
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