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『田舎』という単語がこれだけ似合う場所を僕は知らない。どこまでも閉鎖的でジメジメとした人間関係。ショッピングモールも隣町に行かないと無い。周りの友達はみんな辛気臭いし、最悪だ。
僕はこの田舎に染まりたくない。
こんな場所で死にたくない。そんな事を毎日考えて、夢にも出てくるから寝不足気味で辛い。
体温と気温が同じになった夏の日、僕は高校2年生になって朧気な太陽を睨んでいた。日本特有のジメジメとした蒸し暑さと日差しが重なって汗が止まらない。でも今日だけはこの田舎から抜け出す事が出来る。この汗は思い出作りの対価だと思う事にした。
「待った?」
「いや、全然」
今日は待ちに待った水族館デートの日だ。隣町まで電車を乗り継ぐ必要があるが、この街の空気を一瞬も吸っていたくない僕にとってこれ程容易い逃避法があるだろうか。
「なんかオシャレだね」
「奮発して髪飾り買ったの!可愛いでしょ?」
水崎彩夏。僕の彼女は白色のワンピースを着て、黒髪のショートヘアにシロツメクサの髪飾りをつけている。いかにも乙女な出で立ちで制服姿しか見た事の無い僕は一瞬怯んだが、何とか表情を崩さなかった。素直に褒めるのも恥ずかしくて、僕はワンピースを指さす。
「醤油ついたら取れないね」
「白色のワンピースをそう批評するの、君だけだよ?」
「面白いでしょ?」
「うーん、29点。赤点だね」
彩夏はくすくす笑うと、僕の左手に手を絡ませてくる。所謂恋人繋ぎというやつだ。体温が彩夏に上書きされていく気がした。
「行こっか、彼氏くん」
「……暑いよ」
手を剥がそうとしたが子供みたいにぶんぶんと手を振ってくるので、根負けしてそのままにした。
……本当はこんな事したくない。田舎に染まる事と同じくらい、彩夏に染まる事も怖い。勿論恋人としては大好きだけど、それでも怖い。心に隙を作ってしまいそうで、僕の弱点を暴かれそうで、怖い。
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