7人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
食後の皿洗いは和哉が受け持った。
ただでさえ水音だけでなく、イヤフォンを耳に突っ込み、音楽を聴きつつ鼻歌を歌いながらとなれば、まずこちらのひとりごとは聞こえないだろう。
テレビの画面を眺めつつ、小声でグレに話しかける。
「なんだか妙な成り行きで、上達しないと立場上ヤバくなりそうなんで、料理教わりたいんですけどいいですか」
グレにも責任の一端があるんだから、是が非でも応じてもらわねば困る。
「無論です」
背後からグレの声が聞こえる。
「ご要望であれば、いくらでも助力いたしましょう」
妙に乗り気に聞こえる。左の耳元でアカネが囁く。
「だから言ったのに」
だから、じゃない。そういうことはもっと早く言ってほしい。
大体、要点は言わなかったくせに。こうなると予測がついていたなら、なんで先に言わないんだ。
文句のひとつも言いたくなる。しかし、言ったところで言いくるめられるのがオチなので、胸にしまう。
それにいずれ、グレが手を出した時点でこうなったのだと思った。遅かれ早かれ、この結果になった。
そう考えて、あ、と修哉は気づいた。
これまでグレは文句ひとつつけずに、修哉が下手な料理を作っているのを眺めてきた。もしかして──
できる者が、口を出さずにただ見ている。
黙して。内心、やりかたに焦れながら。
修哉は無意識に口もとに手をやっていた。
アカネさんは気づいてた。やりすぎなのよ、と言わなかったか?
──もしかして、わかってやってるの?
アカネの声が耳の奥で甦る。あれは、グレに向けて発した言葉だったのか。
グレの性格なら、半端な気まぐれで口を挟んだり、手を貸したりしない。
ずっと見守り続けていたものの、いい加減、見てられなくなったんじゃないのか。
あぁ、と思い至る。さすがに年長者だけのことはある。巧妙だ。
やられた、と心の中で毒づく。
決して自分からは言い出さず、相手にそうさせるべく筋道を立てる。あまりにうまく乗せられて、いや罠に嵌められてと言ったほうが良いかもしれない。気づけないところだった。
背後にグレの気配を感じる。もしかしたら、口もとだけで笑ってるんじゃないか。してやったりとほくそ笑んでいる。そんな気がした。
思わず目を閉じて、チクショウと心の中で叫ぶ。
相手のほうが一枚上手だった。
深い溜め息が漏れる。完敗を認める。
褒められる体験がモチベーションになるとわかったし、自分でやらなければその意味がないとも理解した。
おかげで、不本意ながら料理の腕前を上げる気になったよ。
それにしてもアカネは早々に気づいていた。結局、このあたりがまだまだと思われ、子ども扱いされる要因となっているんだろう。
敵わねえなぁ。
侮れないふたりに囲われ、油断できない立場にあるのを改めて自覚する。テレビの画面をぼんやり眺めながら、修哉は苦く笑った。
『後編 アカネ』に続く
最初のコメントを投稿しよう!