ナイトステップ後日譚:前編 グレ

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 食後の皿洗いは和哉が受け持った。  ただでさえ水音だけでなく、イヤフォンを耳に突っ込み、音楽を聴きつつ鼻歌を歌いながらとなれば、まずこちらのひとりごとは聞こえないだろう。  テレビの画面を眺めつつ、小声でグレに話しかける。 「なんだか妙な成り行きで、上達しないと立場上ヤバくなりそうなんで、料理教わりたいんですけどいいですか」  グレにも責任の一端があるんだから、是が非でも応じてもらわねば困る。 「無論です」  背後からグレの声が聞こえる。 「ご要望であれば、いくらでも助力いたしましょう」  妙に乗り気に聞こえる。左の耳元でアカネが囁く。 「だから言ったのに」  だから、じゃない。そういうことはもっと早く言ってほしい。  大体、要点は言わなかったくせに。こうなると予測がついていたなら、なんで先に言わないんだ。  文句のひとつも言いたくなる。しかし、言ったところで言いくるめられるのがオチなので、胸にしまう。  それにいずれ、グレが手を出した時点でこうなったのだと思った。遅かれ早かれ、この結果になった。  そう考えて、あ、と修哉は気づいた。  これまでグレは文句ひとつつけずに、修哉が下手な料理を作っているのを眺めてきた。もしかして──  できる者が、口を出さずにただ見ている。  黙して。内心、やりかたに焦れながら。  修哉は無意識に口もとに手をやっていた。  アカネさんは気づいてた。やりすぎなのよ、と言わなかったか?  ──もしかして、わかってやってるの?  アカネの声が耳の奥で甦る。あれは、グレに向けて発した言葉だったのか。  グレの性格なら、半端な気まぐれで口を挟んだり、手を貸したりしない。  ずっと見守り続けていたものの、いい加減、んじゃないのか。  あぁ、と思い至る。さすがに年長者だけのことはある。巧妙だ。  やられた、と心の中で毒づく。  決して自分からは言い出さず、相手にそうさせるべく筋道を立てる。あまりにうまく乗せられて、いや罠に()められてと言ったほうが良いかもしれない。気づけないところだった。  背後にグレの気配を感じる。もしかしたら、口もとだけで笑ってるんじゃないか。してやったりとほくそ笑んでいる。そんな気がした。  思わず目を閉じて、チクショウと心の中で叫ぶ。  相手のほうが一枚上手だった。  深い溜め息が漏れる。完敗を認める。  褒められる体験がモチベーションになるとわかったし、自分でやらなければその意味がないとも理解した。  おかげで、不本意ながら料理の腕前を上げる気になったよ。  それにしてもアカネは早々に気づいていた。結局、このあたりがまだまだと思われ、子ども扱いされる要因となっているんだろう。  敵わねえなぁ。  (あな)れないふたりに囲われ、油断できない立場にあるのを改めて自覚する。テレビの画面をぼんやり眺めながら、修哉は苦く笑った。 9465d6a5-a97d-4faa-9b2b-5f5beba79571 『後編 アカネ』に続く
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