サンタの忘れもの

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 大学の構内を歩いていたら、白いフサフサしたものが落ちていた。 (なんだろ、これ?)  拾い上げてみると、白いくせ毛のカツラみたいなものだった。その割には平べったくて被れそうにない。それでも白い毛には艶があり、高級感があった。   (白髪のカツラ? しかも、結構長いよね?)  しけしげ眺めていたら── 「あーっ、あった! それ!」  いきなり大声を出した男の人が駆け寄ってきた。  その姿に見覚えがある。  いくつか同じ授業を取っている喜多見(きたみ)(かける) くんだ。  いつもだるそうで、特に最近は顔を伏せて寝てばかりいるので、ちょっと気になっていた。 「あ、えっと……崎島(さきしま)さん?」  向こうも私をぼんやりと認識していたようで、名前を呼ばれてびっくりした。  うなずいて、手の中のカツラを見せる。 「このカツラ、喜多見くんの?」 「カツラじゃなくてヒゲだよ」 「ヒゲ? あー、わかった! こういうやつね!」 (言われてみれば、カツラにしては形がおかしいわよね。サンタクロースのヒゲみたいなやつか)  私は喜多見くんの口もとにヒゲを当てた。  ポンッ  目の前にさっき想像したとおりのサンタクロースが現れた。 「はっ? サンタ?」  私はあっけにとられて、立ち尽くした。 「ちょ、ちょっと来い!」  目を丸くした私の手を掴んで、喜多見くんは校舎脇に連れ込んだ。  もう元の姿に戻っている。 (なに、今の? 幻覚?)  喜多見くんは、驚いて呆然としている私を壁に押しつけて、バンッと私の頭の横に手をついた。  いわゆる壁ドンだ。  長い前髪の間から切れ長の目が見えて、彼の瞳がブルーグレーなのに気づく。   (鼻も高いし、よく見ると、この人って綺麗な顔をしてない?)  急にドキドキしてきてしまう。  彼氏いない歴が年齢と一緒の私は、男の人にこんなに近づかれたことはなかった。   「さっきのは他言無用だからな」  不機嫌そうに喜多見くんが言う。  さっきのと言うからには私の幻覚じゃなかったみたいだ。  私はまだ握りしめていた白いヒゲと喜多見くんを交互に見た。 「さっきのって、サンタクロース?」  もう一度、彼にヒゲを当てるとサンタクロースが現れ、離すと喜多見くんに戻った。 「えぇーっ、なにこれ!」  私はパニックになって、ヒゲを見つめ、もう一度喜多見くんにヒゲを当てたあと、自分にも当ててみた。  自分の服装は変わって見えないけど、喜多見くんから見たら、私はサンタクロースになってるのかなと、チラッと彼を確かめるように見る。   「他の人が使っても変身しないよ」  喜多見くんは苦笑して、私からヒゲを取り上げた。  このヒゲをつけると、喜多見くんだけがサンタクロースに変身するってこと?  不思議な気持ちで彼を見上げる。疑問だらけだ。 「他の人? 変身?」 「……家業なんだ」 「かぎょう?」 「まぁ、その……サンタクロースになって、プレゼントを配る支局というか……」 「サンタクロース……。えっ、本当にサンタさんなの!?」 「しっ! 声が大きい」  咎める喜多見くんに、私は口を押さえた。  喜多見くんは溜め息をついて、目を逸しながら言う。 「まだ見習いだけどな」 「サンタさんに見習いなんてあるのね」 「あぁ、テストがあるんだ。でも、全然受からなくて……。心がこもってないんだってさ。くそっ、心なんかどうやってこめるんだよ!」  拗ねたようにぼやく喜多見くんが少しかわいく思えた。  いつも物憂げにしてるから、怖い人かと思ってた。  そして、あまりに彼が真剣なので、この非現実的な出来事をつい受け入れてしまう。   (サンタさんになるのも大変なんだな。プレゼントをもらう側はうれしいしかないけどね)  私なりに心を込める方法を考えてみた。 「受け取った子どもの笑顔を思い浮かべるとか、自分がプレゼントもらったときのことを思い出すとか?」 「まだプレゼント配ったことないし、うちのクリスマスは親がそれどころじゃないからな。むしろ、さみしいクリスマスだったよ。プレゼントはあったけどな」  確かにサンタクロースを家業にしていたら、クリスマスは繁忙期だよね。しかも、親からのプレゼントだってわかってるし。  サンタさんの子どもがクリスマスを楽しめないのはなんだか切ないな。  さみしがっている幼い喜多見くんを想像すると、胸が痛んだ。  代わりに、自分の経験を話す。   「そっかぁ。サンタさんのプレゼント、私はむちゃくちゃうれしかったよ! 朝起きると枕もとにラッピングされたプレゼントがあって、飛び起きた。ワクワクしながら、リボンを外す瞬間が本当に好きだったなぁ」  お父さんサンタだったかもしれないけど、誰かが自分のためにプレゼントを贈ってくれる幸せを感じた。  思い出すだけでにっこりしてしまう。 「そういう笑顔か……」 「えっ?」 「いや、なんでもない。……ヒゲを拾ってくれて、ありがとう。じゃあな」 「うん、サンタさんのテスト、頑張ってね」 「あぁ」  喜多見くんは動揺したように唐突に話を切って、足早に去っていった。  私は彼の背中をぼんやりと見送った。 (まさか、サンタさんが実在するなんて、びっくりしたなぁ)  今はもう十二月半ばだから、テストに受からなかったら、今年のクリスマスもプレゼントを配れないのかな?  それもつらいから、喜多見くんがテストに通るようにお祈りした。    それから大学で見かける度に、喜多見くんと言葉を交わすようになった。  サンタのテストになかなか合格しないようで、喜多見くんはいつも浮かない顔をしていた。 「あともう少しなんだよな。もう少しでなにか掴めそうなんだけど……」 「頑張って! すごく素敵な仕事だと思うよ。応援してる!」  私が勢いこんで言うと、喜多見くんは照れ笑いで返した。そして、小さく「ありがとう」とつぶやく。  もう来週にはクリスマスイブだというのに、彼と一緒に私もなんだか焦ってきた。  私が焦っても仕方ないんだけどね。  喜多見くんのためになにかしたい。なにか手伝えることはないかと考え、いいアイディアを思いついた。      次の日、大学で喜多見くんを見つけた私は、彼を物陰に引っ張っていった。 「はい。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント!」 「えっ!」  喜多見くんは固まった。  その反応に私もまずいことをしたと思った。 (私、やらかした? ただの顔見知りからプレゼントなんて、重かったかな?)  喜多見くんに嫌われたかもと考えたら、思った以上にこたえて、胸が苦しくなった。  「やっぱり……」とプレゼントをひっこめようとすると、慌てて彼はそれを掴んだ。 「ありがとう! むちゃくちゃうれしいよ!」  破顔した喜多見くんに心臓が踊りだす。頬が熱くなる。  「開けていい?」という言葉にうなずくと、彼はワクワクした顔で袋のリボンをほどいた。 (これよ、これ! この瞬間がいいんだよね!)  袋の中のものを取り出した喜多見くんはまたうれしそうに笑った。 「手袋だ!」 「プレゼントを配達するときに寒いかなと思って」 「っ、ありがとう!」  目を輝かせてお礼を言ってくれる喜多見くんは少年っぽくて、こちらまでうれしくなる。  思いつきだったけど、プレゼントしてよかったと思った。 「プレゼントをもらう側のワクワク感がわかったよ! 俺にもあったはずなのに忘れてた。これでテストも合格できそうだ」 「ほんと!? よかったぁ」  私までニコニコしてしまう。  今週末にはクリスマスだ。  テスト合格を心から祈った。 「おはよう、喜多見くん。どうしたの?」  翌日、教室で会った喜多見くんはとても暗い顔をしていた。  テストに受からなかったのかな……?  心配して声をかけると、彼は弱々しく笑った。 「もうダメだ。トナカイが来なかったんだ……」 「トナカイ?」 「サンタには専属のトナカイがいるんだけど、俺があまりにテストに落ちるから不甲斐なく思ったのか、昨日は来なかったんだ。連絡しても、未だに捕まらない……」    もうダメだと再びつぶやいた喜多見くんは頭を抱えた。  いても立ってもいられなくなった私は喜多見くんを揺り動かした。 「探そうよ!」 「は?」 「トナカイさんの家に行くとか、行きそうなところを探すとか」 「……家にはいなかった」  ふてくされた顔の喜多見くんの手を引っ張って立ち上がらせる。  彼はびっくりして私を見た。 「今を逃すと、また来年になっちゃうかもしれないよ? 探そう?」 「授業は?」 「こっちのほうが重要でしょ?」  袖を引くと、しぶしぶといったようについてくる喜多見くん。  トナカイのいそうな場所を思い出してもらって、公園やらカフェやらを回った。  トナカイも普段は普通の人間らしい。すごく不思議だ。  探しながら、ポツポツと喜多見くんはトナカイさんの話をした。 「あいつは幼なじみなんだ。昔から走るのが好きで、誰よりも早く空を駆けてやると息巻いてたなぁ。テストでも張り切りすぎて、よく目標を行き過ぎるんだ」  彼の語るトナカイさんはイキイキしてて楽しそうで、二人の仲がいいのが伝わった。   「でも、このところ、俺がテストに合格しないせいで、あいつもデビューできなくてイライラしてたんだ」  ふいにうつむいて喜多見くんはボソッとつぶやいた。 「見放された、のかも……」 「そんなことないよ! 大丈夫、きっと!」  なんの根拠もなく力強く言う私に、喜多見くんはふっと表情をゆるめた。 「そうだな。もしもう嫌だと言っても、次はテストに合格するはずだからと言ってアイツを説得するよ」 「うん、そうだよ」  喜多見くんの瞳に光が戻って、私はほっとした。  私たちは原点に帰り、トナカイさんの家に行くことにした。 「(かい)!」  突然、喜多見くんが走り出し、長身でスタイルのいいモデルみたいな女の人の腕を掴んだ。  振り返った女性はとんでもなく美人だった。 「お前、どこ行ってたんだよ!」 「うるさいわね。あんたがグズグズしてるから、待ちきれなくなったのよ」 「それは悪かった。でも、もう大丈夫だ。今夜は絶対にテストに合格する!」 「へぇ、ずいぶんな自信ね。どうしたの?」 「それは、さ……」  喜多見くんが照れくさそうに顔を赤らめた。  親しげな二人の会話から、彼女がトナカイさんだと察した。 (女の人だったんだ……)  思ってもみなかった。  幼なじみで唯一無二のパートナー。しかも、美人。  ただの顔見知りの平凡な私の出る幕なんてなかった。 (そっか……)  ショックを受けた私は、「見つかって、よかったね」と声をかけると、踵を返した。 「崎島さん?」  呼び止められた気がしたけど、立ち止まらない。  ふらふらと家に帰り、ベッドに倒れ伏した。   (望みがなくなってから、恋心に気づくなんて……)  トナカイさんに向けた喜多見くんのはにかんだ笑顔を思い出し、胸が詰まる。  枕に顔をうずめて、少し泣いた。    それから、クリスマスイブまで喜多見くんと会うことはなかった。  会ったら会ったでうまく笑えるか自信がなかったから、ちょうどよくはあったけど。  でも、テストに受かったかどうかは気になっていた。   (今夜サンタデビューできてたらいいな。あの様子なら大丈夫そうだけど)  雪の降りそうな空を見上げて、そう思った。  コンビニでお一人様用のケーキを買って帰る。  友達は彼氏と過ごすだろうし、一人暮らしの私にはクリスマスをともに祝う人はいなかった。  夕食を食べた後、テレビをつけるけど、画面は楽しそうなクリスマスの話題であふれていて、つらくなって消した。 (今頃、喜多見くんはプレゼントを配ってるのかな?)  ついつい思考が彼へと戻ってしまう。 「ケーキ食べようっと」  気分を変えようと、口に出して言ってみる。  コーヒーを淹れて、ケーキをお皿に盛る。 「メリークリスマス」  生クリームをつつきながら、誰にともなくつぶやいてみる。  全然メリーじゃないけどね。  コンコン  ベランダの窓からノックのような音がした。 (洗濯物干したままだったかな?)  確認しようとカーテンを開けたら、サンタクロースがいた。その後ろにはトナカイとソリが浮いている。 「えっ?」  急いで窓を開けると、サンタさんはヒゲを取って、喜多見くんになった。 「まったく職権乱用して! 私だって早くダーリンのところに行きたいのに」 「あぁ、送ってくれて、ありがとう」 「じゃあね」  私が驚いてる間に喜多見くんとそんな会話を交わしたトナカイは誰も乗っていないソリを曳いて帰っていった。 「どうして……」  聞きかけたけど、寒そうに白い息を洩らす喜多見くんを見て、部屋の中に招いた。  喜多見くんは部屋を見回して気まずげな顔をした。 「ごめん、女の子の部屋に突然押しかけて。どうしても今日中にこれを渡したくて」  そう言って喜多見くんが差し出したのは、手のひらサイズの四角い箱。赤いリボンがかわいい。 「私に?」 「もちろん。崎島さんのおかげでテストに合格したようなもんだし」 「合格したの? おめでとう!」 「ありがとう。デビューできて、むちゃくちゃうれしい」  なるほど、そのお礼かと思って、プレゼントを受け取った。  まさか本物のサンタさんから手渡しでプレゼントをもらうとは思わなかったなぁ。  思わず、顔がほころぶ。 「開けていい?」 「うん、気に入るかどうか、わからないけど……」  手もとを見ると、彼が私の贈った手袋をしてくれているのに気づいた。 (こんなことされたら、ますます好きになっちゃうじゃん!)  ひそかに心の中で文句を言いながら、そっとリボンをほどく。  心ときめかせながら。 「きれいなペンダント!」  箱には丸いオレンジの石がついたペンダントが入っていた。 「カーネリアンっていう石なんだ。勇気という石言葉を持つらしい。俺に勇気をくれた崎島さんにぴったりだと思って」 「ありがとう。うれしい。でも、こんな高そうなもの……」  喜多見くんが私のことを思って選んでくれたのは本当にすごくうれしい。そんなふうに言われてうれしくないわけない。  でも、男の人からアクセサリーをもらうなんて、特別な意味がありそうに思っちゃう。誤解しちゃいそうになって、つらい。  私はプレゼントを返そうとした。   「もらってくれないと困る」  言葉どおり困った顔をして喜多見くんはプレゼントを押し返してきた。  そして、青みがかった瞳でじっと私を見つめる。 「それとも、迷惑か?」 「そんなことないっ! 本当にうれしいんだよ? でも……」    トナカイさんという恋人がいるのになんでこんなことするのかと悲しく思う。彼女だって嫌だろう。 (あれ? でも、さっきトナカイさんは『早くダーリンのところに行きたい』って言ってなかった?)  ふいにトナカイの言葉を思い出して、私は混乱した。 「あのさ、そのカーネリアンはもう一つ意味があるんだ」  喜多見くんが私をさえぎって話し出したので、彼の目を見る。 「もう一つの意味?」 「その石を持ってると、告白する勇気がわくんだって」  告白……?  喜多見くんはさらに私を混乱させることを言った。  真剣な表情で喜多見くんは私を見つめ続けている。   (私、もしかして期待していいの?)  喜多見くんはカーネリアンに目を落としてから、もう一度、私に視線を合わせ、口を開いた。   「……好きなんだ、崎島さん」 「っ!」  心臓が止まりそうになり、私は息を呑んだ。  止まりそうになった後、心臓が猛烈な勢いで動き出す。   「え、だって、トナカイさんは?」  「海なんて関係ない。俺は崎島さんが好きなんだ」  ブルーグレーの瞳も彼の顔もぼやけ、涙があふれた。 「私も……喜多見くんが好き」  そう言うと、喜多見くんが幸せそうに笑った。  手を伸ばして、私の涙を拭ってくれる。   「よかった……。断られたらどうしようかと思った。プレゼントも返そうとするし。焦った」 「だって、トナカイさんが恋人だと思ったんだもん」 「なんでそんな誤解を? 海はただの幼なじみだよ」 「でも、トナカイは唯一無二なんでしょ?」 「それはそうだけど、恋愛とは関係ない。アイツも彼氏いるし」 「そうなの?」  やっぱり聞き間違いじゃなかったらしい。  ほっとして微笑んだ。 「メリークリスマス、崎島さん」 「メリークリスマス、喜多見くん」 「こんなにうれしいクリスマスは初めてだ」    優しく笑った喜多見くんは唇にもう一つプレゼントをくれた。 ─fin─
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