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「……ん?」
バスの吊り革を掴んだ時、ふと思い出した。雪野さんの耳を、初めて見た気がした。肩までの髪をずっと下ろしていた彼女が、今日は髪を結んでいたのだ。それも上半分だけを後ろで。
吊り革に掴まる僕の眼下の席に座る小学生くらいの女の子が、雪野さんと同じ髪型をしていたので思い出せたのだが、うっかり声を出してしまったことで、その女子児童と友達らしき子たちから変態を見る目を向けられた僕は、忘れていたフリで2枚目の整理券を取りに行き、そのまま扉のそばに留まってやり過ごすこととなった。
それ何ていう髪型なの?などと口走っていたら、車内に防犯ブザーが響き渡ったことだろう。噴き出す汗が体温調節のそれなのか冷や汗なのか、答えに至らないうちに袖で額を拭った。
次の週になって、僕に日直が回るのを見計らったように前日の帰りがけに配られたプリントを抱え職員室へ赴くと、まだ朝のホームルームも始まらない時間だというのに、前と後ろの2つあるドアの両方に人だかりができていた。みんな小窓から中を覗き込んだり聞き耳を立てたりしている。
そのうちの数人が図書室で見た雪野さんの友人であることを思い出したのは、群に割って入り、やっとドアを開けた後だった。
「一体どういうつもりなんだ、ちゃんと説明しなさい!」
後ろ手に引き戸を閉めるのと同時に、中年教師の怒号が聞こえた。あの強面は確か風紀担当の先生で、つい先日、雪野さんの成績を嘆いていたーーー
そこまで考えて、思考が止まった。顔を上げたら、この前呼び出された時と同じ場所に、雪野さんが立っているのが見えたからだ。いや、正しくは、僕がその人を雪野さんだと認識できたのは、目視してから数秒経った後だった。
その人は、髪を外国人みたいな金色に染めていたのだ。
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