小春日和のそれの色

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 雪野さんの登場により突然脳が活性化されたらしい学ランの図書委員は、想起した急用のために帰っていった。すごい効能があるものだ。  彼女は伸びきった黒ニットの袖から出した指先で受付の椅子を引いたが、座ることなく、こちらへ左手を差し出した。僕は促す細い指に本を乗せて、手を離す前に口を開く。 「もしかして雪野さん、ハゲたんじゃないですか」  珍しくスムーズに出てきた言葉は、恐らくこの先言う機会のないものだろう。  返答はなかったが、本を受け取る指が僅かに力んだ。背表紙側を掴んだまま、確信を得た僕は続けて喋る。 「僕も…あるんです。中学の時。ずっといじめられてて…ある時、一気に髪が抜けて。そしたら、それをまたからかわれて…」  固い裏表紙に押し付けられた雪野さんの親指の先が白くなっている。微かな震えが本から伝わってきた。 「なんで、わかったの」  初めて彼女から受けた質問も、とても平坦だった。 「髪の色明るくしたら肌色が目立たないんじゃないかって思ってたんで、当時。それに…」  少しだけ笑って、僕は空いている手の親指と人差し指で作った輪っかを自分の後頭部にくっつける。 「結んでるのが、僕がハゲたのと同じとこだったから」  視線を向けると、雪野さんは俯き加減に笑っていた。  彼女は力が抜けたように椅子に腰を下ろして、本から離した指を金髪の後頭部に遣ると、結んだ髪を存外あっさりと解いて見せた。ヘアゴムを摘まむ手が跡のついたところをぐしゃぐしゃと解したら、金色の奥に地肌が見えた。  やっぱり、立っている僕から見えやすくなるのを気にして、彼女は椅子に座るのをやめたのだ。
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