ブラックサンタと黄金師団

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 教会の窓ガラスから見える景色には、ふわふわと白い雪が降っている。石造りで人の居ない教会というのは、思っているよりもはるかに寒く、身を縮めている事しかできないほどだった。  ニット帽やマフラーをつけてモコモコに着込んではいるものの、足元から這い上がってくる冷気はかなり身に堪える。だが、それでも今日はこの場所から離れたくなかった。  理由は数多あるが、その一つは、今日この教会で葬儀式が行われたという事だ。  故人は、育ての親でもあり身寄りのない俺を、愛情いっぱいに育ててくれた大好きな婆ちゃんであるマザー・エクレアだ。彼女はこの世での役目を終えて天国へと旅立った。  誰も涙を流すことなく、スムーズに行われた葬儀式はあっという間に終わってしまった。  十分に長生きして、死ぬ直前まで元気に笑顔を見せていた婆ちゃんに対して、多くの者は悲しみよりも「自分のあの様に逝きたいものだ」と言い、その生き様を明るく讃えていた。  個人的には周囲に同感していたのだったが、それでも、どこか強い喪失感を抱いている俺は、いまだこの教会から出ることができず、長椅子に腰を下ろしていた。  ぼーっと見上げた視線の先には、何者かによって精魂込めて作られたであろうステンドグラスがあった。  一枚一枚に特徴的な人の姿が表現されており、そのすべてをつなげると一つの物語でも出来上がりそうだった。  幼い頃からこれを見続けてきたが、その物語がどんなもので、このステンドグラスにどんな意味があるか、なんて事は何一つわからず今日まで生きてきた。  どうせなら、婆ちゃんが死ぬ前にこのステンドグラスについて聞いておくべきだったのかもしれない。  そう思いながら、俺は首にかけたクロスを持って眺めた。くすんだ黒色のクロスは、幼い頃に婆ちゃんからもらったものだ。かつてはこのクロスが重くて嫌に思ったこともあったが、今となってはそれほど気にならない。  そうしてクロスを眺めていると、ふと、この場から動きたくない理由の一つが頭に浮かんだ。  それは、ばあちゃんからよく聞かされていた「ブラックサンタ」という存在の事だ。  婆ちゃんは、俺が幼い頃から「ブラックサンタ」についてたくさん話を聞かせてくれていた。  なんでも、黒い服を着て真夜中を光りながら飛び回っているらしく、そいつが俺のもとへとやってくるという夢をよく見ていたらしい。    生前から、予知能力を持つ事で有名だった婆ちゃんだから、その話はどこか信じてしまいそうだったが、この年になるまでその夢が現実になったことがなかった。  しかし、死の間際に婆ちゃんが俺をじっと見つめて、真剣なまなざしで「ブラックサンタが来ます、私が死ぬのを待っていたのでしょう」と口にしたときはどこかゾッとしたのは今でも鮮明に思い出せる。  婆ちゃんが死ぬのを待っていた、だなんて、まるで死神か何かの様なブラックサンタに怯えながらもどうしても気がかりになっていた。  ただ、婆ちゃんはその言葉の後に「でも、ジオなら上手くやっていけますよ」なんて言葉をかけてくれた上に「私はあなたと出会えて幸せでした」なんて悲しい言葉をつぶやいていた。  そんな、婆ちゃんとのやり取りを思い出しながら感傷に浸っていると、ふと、教会にある入り口の扉が開かれる音がした。  俺はすぐに扉へと目を向けると、そこには見たことのないシスターが立っていた。  彼女はまるでシスターと思えないほどに服を着崩しており、立ち姿もどこか気だるげな様子であり、シスター特有の清楚さが欠けている様に見えた。  そんな見慣れぬシスターは俺を見つけると、ツカツカと急ぎ足で俺のもとまでやってきて口を開いた。 「おいそこの男、今日ここでエクレアっていうババアの葬儀が行われたよな」 「え、あぁ、シスター・エクレアの葬儀式が行われましたが、参列者の方でしょうか?」 「ん、あぁ、まぁそんな所だな」 「そうですか、葬儀式は終わっていますので、お墓へとご案内しましょうか?」  そう言うと、見慣れぬシスターは無言で俺をにらみつけていた。こうして近くで見るとやたらと目つきが悪いシスターだった。しかし、程よく整った顔はどこか愛嬌も感じられ、思春期を迎えたばかりの子ども様に見えた。 「ところでお前は何だ、この教会の関係者か?」 「一応、そうですが」 「そうか、じゃあババアの遺品はどこだ」  その言葉は、どう考えても常人のセリフとは思えなかった。 「と、突然なんですか?」 「いいからどこだって聞いて・・・・・・あぁ、ちょうどいいわ」 「なんですか?」 「お前の胸のクロス、そいつはどこで手に入れた?」 「これは天国へと旅立った婆ちゃんがくれたもので、小さい頃から身に着けているものです」 「そうか、じゃあそいつを返せ」 「は?」 「そいつを返せって言ってんだよ」 「そいつは私のババアのもんで我が家の家宝だ。こんな所でお前のような人間が持っていていいものじゃねぇ、返せっ」 「いや、でもこれは婆ちゃんがくれたもんで、誰にも渡すなって言われてるんです」 「お前の都合なんかはどうでもいい、とっとと返せ」  言葉遣いの悪いシスターはこの教会にいるシスター達とはまるで正反対のように見えた。まるで、ハロウィンで浮かれたコスプレ女ヤンキーにしか見えない。 「いきなりそんなこと言われても、あんたがこれの所有者だって証拠はあんのか?」  思わず強い口調で言うとヤンキーシスターは険しい顔をしながら黙りこくった。 「・・・・・・」  反応から見るに証拠はないらしい。そうなると、今すぐにでも警察を呼んで不法侵入や脅迫の罪でお縄にかけてもらうか。  なんてことを思っていると、唐突に首にかかる衝撃に我に返った。 「いてっ」  一瞬何が起こったのかわからなかった。だが、すぐに首のクロスが目の前にいるヤンキーシスターによって引っ張られていることに気づいた。  ヤンキーシスターは俺の事をにらみつけながら「返せ」と力のこもった口調でギリギリとクロスのチェーンを引っ張ってきた。  しかも、驚くことに目の前のヤンキーシスターはどこか光をまとっており、その頭上には天使の輪っかの様なものがあるように見えた。 「・・・・・・て、天使?」 「あぁっ?お前これが見えてんのか?」 「いや、だって天使の輪っかが、なんだこれ夢か?」 「夢じゃねえよ現実だボンクラ、そんな事よりもとっととクロスを返してもらうぞっ」  首にかかる負担に耐えながら彼女の手を振り払おうと思っていると、ヤンキーシスターは思いのほか強い力でクロスのチェーンを引きちぎって俺からクロスを奪い取った。  ヒリヒリと痛む首を撫でながらヤンキーシスターに目を向けると、彼女は嬉しそうにクロスを手に持って眺めていた。 「お前、どんだけ乱暴なんだ・・・・・・は?」  すぐにでも取り返そうと思っていた矢先、俺の目の前にいるヤンキーシスターはどういうわけか更に輝き始めた。  そして、やはり見間違えでも何でもなく、彼女の頭上には天使の輪っかと呼ばれる光輪らしきものが見えていた。  そして、彼女は両手を光らせながらクロスを握り締めると、俺の前の前は一気にまぶしくなった。視界が真っ白になりそうな程に輝く視界に思わず目を閉じていると、徐々にその光が収まっていった。  再びヤンキーシスターを目でとらえると、彼女ははどこか満足げにクロスを高々と掲げていた。  驚くことにこれまで黒かったはずのクロスが金色のピカピカに輝いており、まるで本来の姿を取り戻しているかのようだった。そして、それを証明するかのようにヤンキーシスターは俺に向かって喋り掛けてきた。 「ほら見ろボンクラ、こいつがこのクロスの本当の姿だ、わかるか?」 「いったいどうやって」 「私のおかげだよ、見ろこの神々しい輝き・・・・・・」  ヤンキーシスターの持つクロスは確かにきれいになっている様だったが、何やら黒いものがモクモクと煙のように上がっていた。  それと同時にクロスから信じられない圧を感じた。それはヤンキーシスターも感じた様子を見せ、彼女は思わずクロスを手放すと、それは地面に転がった。 「おいヤンキーシスター、お前そのクロスに何をした」 「わ、私はただ言われたとおりに浄化したまでだ、お前にとやかく言われるようなことはやってないっ」  俺は、地面に落ちたクロスを拾いに行こうとしていると、突如として奇妙な金切り音や、人の叫びや唸り声の様な風音が聞こえてきた。  周囲を見渡し何が起こっているのか確認しては見たものの、教会内におかしな様子は見られない、あるとすればやはりこの地面に落ちているクロス。    そう思い視線をクロスに戻した瞬間、クロスから大量の黒い影が飛び出した。それはまるでイカが墨でも吐いているかの様な奇妙な光景であり、近寄ろうとも思えない状況だった。    そうして、黒いものがクロスの中から這い出てくると、まるで大きな蛇の様に蠢きながら四方八方に教会の中をはい回るり始めた。  そして、一枚のステンドグラスを突き破って教会の外へと飛んで行ってしまった。  見るからにおぞましく不穏な光景に、俺はたまらずヤンキーシスターに目を向けると、彼女はまさしく「ヤバイ」といった様子で口元に手を当てていた。  そして、俺の視線に気づいたのか、彼女の目が俺をとらえると、すぐさま険しい顔つきで俺をにらみつけてきた。 「な、なんだよっ」 「なんだじゃねぇよこのヤンキーシスター、マジで何しやがったっ」 「う、うるせぇ、私は浄化しただけだ」 「浄化だぁ?」 「そうだ、真っ黒になったクロスを浄化して元のきれいなものに戻そうとしただけだ、あれはもともときれいなクロスだったんだよ」 「それは分かったけど、あの黒いのは何だったんだ、っていうかステンドグラスの弁償しろ」 「知らねぇよ、やることやったから、私は帰って報告するまでだ」 「は?報告ってなんだよ」 「うるっせ、お前には関係ねぇよ、じゃあな」  そうして、ヤンキーシスターは一目散に逃げだし教会を飛び出していった。  とてつもなく早い逃げ足に俺はひとまずマザーのクロスを拾ってから追いかけることにしたが、教会を出ると外は真っ暗でヤンキーシスターを見つけることはできなかった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!